第229話

 そんなわけで翌日、『僕』は一足先に駅前の時計広場へ。

 六月となり、梅雨入りしたのも先週のこと。しかし今日は運よく快晴に恵まれ、朝から青々とした空が広がっていた。

「美香留ちゃんは生粋の晴れ女だもんなあ」

 彼女を待つ間、『僕』はケータイを手鏡にして、身だしなみをチェック。

 ……残念ながら、そこには平々凡々な男子がひとりいるだけだった。伝説の勇者に似た普段の妖精さんに比べたら、顔面偏差値が三十は落ちている。

「なんでまた美香留ちゃんもこっちの僕……なんだろ」

 腑に落ちないものを感じつつ、『僕』は初夏の空を仰ぐ。

 本日のデートは里緒奈たちの了承を得ているため、浮気にはならないはず……だ。

 そもそも『僕』は? SHINYの誰かと交際しているわけでもないし?

 

   悪魔「外道らしくなってきたじゃねえか」

   天使「あれだけおっぱいを揉んでおいて……最低だな、こいつ」


 そんな『僕』をつけあがらせまいと、天使と悪魔は常に目を光らせている。

 かつてひとびとは己の内面にこそ、神の存在を垣間見たとか。今の『僕』のように良心の呵責を神と表現したのだろう。

 ケータイに里緒奈たちからメッセージが届く。

『お兄様、今朝は認識阻害ありがとっ! これって一日持つんでしょ?』

『ナナルたちもお出掛けしてくるわ。お夕飯も任せて』

『デートは手を繋ぐまで、ですよ? まあ今日は学校に生徒もいますし、連れ込むような真似はできないと思いますが……』

 なぜデートの相手を連れ込む先が学校なのか、小一時間ほど問い詰めたくなった。

 今日は平日のため、S女では普通に授業が行われている。体育教師の『僕』も朝一で授業があったので、美香留とのデートはお昼前のスタートに。

 時計の前で待つこと数分。

「……お? こっちだよ、美香留ちゃん」

「あっ、おにぃ! お待たせ~」

 デートのお相手、美香留が弾むような足取りでやってきた。

 気合の入ったコーディネイトが『僕』を驚かせる。

「今日はスカートなんだね、美香留ちゃん。そういうのも持ってたんだ?」

「そりゃあミカルちゃんだって女の子だしぃ? スカートくらい穿くってば~」

 日頃はショートパンツでいることが多いせいか、スカートの美香留は新鮮な魅力を醸し出していた。

 トップスは長袖のトレーナーでゆとりを持たせつつ、ミニのフレアスカートで健康的な脚線美を惜しみなくアピール。

 女子高生ならではのコーディネイトは、手提げ鞄やパンプスまで徹底している。

「菜々留ちゃんにアドバイスもらったの? それ」

「うん、ちょっとだけ。でも服の上下はおにぃのママさんに~」

 あの誰よりも巨乳を憎悪する、ぺったんこの母が、おっぱい系アイドルの美香留におしゃれを指南するなど信じられなかった。

 美香留のコーディネイトは数任せに着飾るのではなく、ピンポイントで演出を添えている印象だ。だからこそ素材のよさが引き立つ。

(美香留ちゃんもこうやってオトナになっていくんだなあ……)

 相手は年下のイトコ、などと気軽に構えていた自分が、恥ずかしくなった。

 『僕』は緊張さえ覚えながら、美香留をエスコートする。

「そ、それじゃ……先にご飯にしようか。美香留ちゃん、何が食べたい?」

「んーとねえ? ミカルちゃん、あれ! ハンバーガーがいい!」

 美香留は『僕』を見上げ、八重歯を光らせた。

 一緒に歩いている間も、興味津々に『僕』をまじまじと見詰めてくる。

「ほんとにおにぃ……なんだよね?」

「そうだよ。この前はびっくりさせちゃった?」

 いつもなら、ぬいぐるみの『僕』が彼女の頭に乗っているところ。

 しかし今日は『僕』のほうが頭ひとつ分も背が高いため、美香留のまなざしも上目遣いとなった。大きな瞳が瞬いては、『僕』の顔立ちを映し込む。

(う~ん……がっかりされてるのかな? やっぱり)

 昔から美香留はぬいぐるみの『僕』を、マギシュヴェルトで伝説の勇者様に似ていると慕ってくれた。ところが実際は、うだつの上がらない普通の男子だったわけで。

 アイドルの美香留に気後れしそうになる。

「え? えぇと……美香留ちゃん?」

 ところが美香留は『僕』にぴったりとくっつき、腕を絡めてきた。

「デ、デートなんだもん。これくらい当然っしょ? おにぃ」

 密着するせいで、トレーナー越しに爆乳の感触が『僕』の腕にも伝わってくる。

「美香留ちゃん? そ、その……当たってるんだけど」

「へ? 何のこと?」

 なのに本人に色仕掛けの自覚はないようで。

 彼女の胸を意識すればするほど、『僕』は自己嫌悪に駆られる。

(お、落ち着け? 僕! 美香留ちゃんは妹みたいなものじゃないか。うん、妹……)

 しかし『妹』を理由にしようにも、朝チュンの記憶に遮られてしまった。

 スクール水着のキュートが『僕』に抱き着いて――。

「~~~っ!」

「おにぃ? 真っ赤になって、どったの?」

 生々しい実妹の妄想が、『僕』の自信に亀裂を走らせる。

「い、いや……いつぞやのサキュバスに比べたら、美香留ちゃんは天使だなあって」

「おにぃってば、もぉ~! ミカルちゃん、おにぃの天使なんだ?」

 実妹さえ毒牙に掛けたかもしれない『僕』にとって、美香留は本当に天使そのもの。

 間違ってもお風呂でソーププレイに付き合わせてはならない、純真無垢な妹(イトコ)の存在が、たまらなく眩しかった。

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