第228話
「多分、アニメの人気に助けられたってこと……ですよね? P君」
「ミクはコスプレのクオリティもプラスに働いたんだと思うわ」
「いや……正直、僕も分析しきれてないんだ。とにかく『運がよかった』としか」
ただ、SHINYとアニメ『聖装少女ユニゾンヴァルキリー』の相性が抜群によいことは確かだった。
一期の主題歌をSHINYバージョンで収録したい、という話も上がっている。
「まだまだ『ユニゾンヴァルキリー』は盛りあがりそうだし……こんな優良コンテンツとお付き合いできるんだから、僕たちは本当に『運がいい』ぞ」
「そうよねー。あの衣装はちょっと恥ずかしいけど」
SHINYには今、追い風が吹いていた。
だからこそ、『僕』はメンバーのコンディションに配慮する。
「昨日も日曜なのに忙しかったし、疲れてるでしょ? 学校の了解ももらってるから、明日は一日オフにしよっか」
里緒奈がバネ仕掛けのように起きあがった。
「ほんとっ? さっすがPクンね!」
「ちゃんと勉強もするのよ? 里緒奈。この間の中間考査だって……」
「それは言いっこなしにしましょ? 恋姫ちゃん」
恋姫もまんざらではない様子で、菜々留の言葉に頷く。
「まあ、お休みはP君の決めたことだし……レンキだって異論はないのよ? ええ」
「Pクン~。なんか恋姫ちゃんのツンデレ、劣化してない?」
「ち、ちょっと? レンキはツンデレじゃないったら!」
「そうね。恋姫ちゃんはデレデレだもの」
一方で、クラス委員の美玖は早々と昼食を食べ終え、席を立った。
「ミクは明日も授業に出るわ。勉強は遅れたら、取り戻すのが大変だし」
「ほ、ほら! みんなも美玖を見習うべきだわ」
そんな美玖に菜々留がにっこりと微笑みかける。
「美玖ちゃんもマネージャーで忙しかったんだから、明日はナナルたちと一緒にお休みしましょう? ね? ユニゾンジュエルちゃん」
「~~~っ!」
妹はみるみる顔を赤らめ、ばつが悪そうに椅子に座りなおした。
「わ……わかったわ。明日はミクも休むから」
イベントの最中は誰よりも大はしゃぎだっただけに、反論の余地はないわけで。
しかし『僕』はまったく別の懸念に囚われていた。
(あれで菜々留ちゃん、意外に油断ならないからなあ……)
昨日も彼女は美玖のケータイがキュートと同じという事実に勘付いている。
かといって、まさか『キュートの正体を知ってるの?』と確認できるはずもなかった。かえって墓穴を掘りかねないからだ。
美香留がもじもじと指を編む。
「あ、あのぉ……おにぃ? ミカルちゃん、昨日は頑張ったよね?」
「うん。大活躍だったと思うぞ? 僕も」
「じっ、じゃあ! その……ご褒美、欲しいなあって……」
美香留らしくもない引っ込み思案な態度に、『僕』は首を傾げた。
「それはいいけど……何か欲しいものでもあるの?」
「えぇと、プレゼントじゃなくって。ミカルちゃん、お……おにぃと……」
皆が耳を傾ける中、美香留は真っ赤になりながらも言葉を紡ぐ。
「おにぃとデート! 里緒奈ちゃんたちと同じやつ、ミカルちゃんも……だめ?」
ぬいぐるみの『僕』は肩を竦めた。
「なんだ、それくらいのことなら喜んで――」
「ちょっと、ちょっと、ちょっと!」
ところが、里緒奈と恋姫が息ぴったりに割り込んでくる。
「またそーやって! 女の子を引っ掛けるんだから、お兄様は! もうっ!」
「アイドルグループのプロデューサーなんですよ? 女性関係は自重してください!」
凄まじいまでの剣幕で気圧され、『僕』のほうはたじたじに。
「う、うん……でもほら、デートはみんなと一回ずつやってるし……?」
菜々留が大人びた溜息をつく。
「そうねえ。キュートちゃんまでデートしてるのに、美香留ちゃんだけ除け者にしちゃ、可哀相よ。Pくん、美香留ちゃんともデートしてあげて」
「もちろん。じゃあ明日はふたりで……」
『僕』とて休日を美香留と一緒に過ごすことに、異論などあるはずもなかった。
こちらの世界は三年ぶりとなる妹を、どこへ案内してあげようか。スイーツも女の子に人気のお店で――と、頭の中で健全なデートプランを立てていく。
しかし当の美香留が、『僕』にしっかりと念を押した。
「言っとくけど……おにぃは変身を解いてよ?」
「……エ?」
「あ、当たり前じゃん。デートなんだから……ごにょごにょ」
菜々留の穏やかな笑みが急に黒くなる。
「あらあら、これはお兄たまの責任よね? どうしてくれるのかしら?」
「あ、あのぉ……菜々留さん? 引っ張らないふぇ、ふぉひぃんれふへろ……」
ぬいぐるみの『僕』は菜々留の手で横長に引っ張られたうえで、里緒奈に脳天を押さえつけられてしまった。
「ほんっと、お兄様のせいよ? わかってんの?」
「わはんないっふぇば~!」
事あるごとにプロデューサーに体罰を与えるSHINYの倫理観、どうにかなりませんかね。いやマジ『僕』の命が懸かってるので。
恋姫のコメントは聞きたくない。
「お兄さんの処刑はあとよ、あと。お仕置きのメニューはレンキも考えておくから」
「ほらやっぱり! 美玖、助けてえ~!」
ドライな妹もさすがに見かねたようで、珍しく『僕』を庇ってくれた。
「ミク以外は全員、人間のほうの兄さんとデートしてるじゃないの。一日くらい、美香留に変態を譲ってあげたら?」
「あれ? 美玖、僕のこと変態って言った? ねえ?」
「形態が変わるんだから、変態で合ってるでしょ」
美香留がつぶらな瞳をきらきらと輝かせる。
「ほらほら、美玖ちゃんもこう言ってるんだし! 明日はデート、ねっ!」
メンバーの視線をチクチクと感じつつ、『僕』も投合した。
「それじゃあ、明日はふたりで遊ぼっか。ミカルちゃん、行きたいとこある?」
「おにぃと一緒なら、どこでも! えへへ、明日が楽しみっ!」
「……………」
後ろでメンバーが包丁を研いでたりするのは、気のせい……ダヨネ?
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