第227話
どうやら『僕』のさっきまでの懸念は、杞憂だったらしい。
(みんな、『ユニゾンヴァルキリー』が大好きになったんだね。それなら安心だ)
プロデューサーの『僕』が今さらとやかく必要はない、ということだ。彼女たちは『僕』の魔法に頼ったりせず、自分の力でイベントを成功させようとしている。
「ちょっと待って? まだダイヤが来てないわ」
「む……手こずってるのかもしれんな」
その聖装少女の名に、ファンが俄かに騒ぎ始めた。
「……え? なんでダイヤ?」
「SHINYは4人じゃ……うわあっ?」
彼らの頭上を、猛烈な吹雪が横切っていく。
氷の群れは舞台の中央で結晶となり、一瞬のうちに爆ぜた。その中から現れたのは、五人目の聖装少女――ユニゾンダイヤ。
「ボクを置いてかないでよね! セ・ン・パ・イ」
「え……ええええ~っ!」
驚きの色で歓声は今までの二倍、三倍にも膨れあがった。
聖装少女の人数に合わせて、まさかの新メンバーだ。段取りの兼ね合いで知っていたはずのキャスト陣も、興奮を抑えきれない様子で。
「キュートちゃんに続いて、五人目だって! 五人目!」
「お、落ち着いてってば。ほら曲が」
一期の主題歌でお馴染みのイントロが流れると、ファンはさらに色めき立った。
(この曲はSHINYの持ち歌じゃないけど……だからこそっ!)
SHINYバージョンとして、里緒奈たちが五重の歌声を反響させる。
それぞれ武器を携えてのダンスも、ステージに躍動感をもたらした。ステップで小気味よいリズムを取りながら、アニメのOPと同じポーズまで再現。
瞬く間にファンの熱狂は最高潮に達した。
「最高っ! 最高だよ、SHINY!」
「コスプレも似合いすぎ! めちゃくちゃ可愛い!」
SHINYが歌い終わっても、会場の興奮は一向に冷めやらず。
「新メンバーなんてビックリです! ダイヤさん、お名前を聞かせてもらえますか?」
やりきった表情で美香留がVサインを決める。
「初めまして! 今日からSHINYに加わった、ミカルちゃんでぇーす!」
またも声援が飛び交った。
「ミ・カ・ル! ミ・カ・ル!」
サプライズは大成功。
プロデューサーの『僕』は誰に見せるわけでもない胸を張る。
(これは明日の……いや、今夜の速報が楽しみだぞ)
こうしてSHINYは五人目のメンバー、美香留の加入を発表。夏のアイドルフェスティバルに向け、弾みをつけることになる――。
☆
週明けの月曜、S女は朝から大騒ぎになった。
「ねえ、聞いた? 一組の転入生!」
「SHINYの新メンバーでしょ! 見に行こっ!」
今まさに世間で話題の美香留が転入してきたことで、てんやわんやだ。始業のチャイムが鳴っても一年一組からギャラリーが離れようとせず、教師陣は呆れ果てる。
「まあ生徒たちがはしゃぐ気持ちもわかりますが……」
「ご迷惑をお掛けしてしまって、すみません」
こういった事態のために『僕』はプロデューサー業の傍ら、S女で体育教師を演じていた。別にJKが好きだからではないので、勘違いしないで欲しい。
暢気者の教頭は笑って済ませてくれる。
「大騒ぎも今日だけのことでしょう。明日には落ち着きますよ、ハハハ」
「そうですね。P先生もあまりお気になさらずに」
教頭に有栖川刹那の生写真とサインを提供したのは、正解だったか。
その後も一年一組を中心にお祭りムードが続き、昼休みを迎えた。『僕』はSHINYのメンバーとともに視聴覚室で一息つく。
「ここならゆっくり休めるよ。みんな、午前中はお疲れ様」
里緒奈がだらんと机に上半身を乗せた。
「も~ほんと、すごかったのよ? Pクン。三組のリオナたちまで質問攻めで」
おっとりマイペースな菜々留も、少し疲労の色を滲ませる。
「Pくんが認識阻害の魔法で、誤魔化してくれるんじゃなかったの?」
「それなんだけど……」
『僕』が言いかけたところで、妹の美玖が口を開いた。
「認識阻害はあくまで『違和感をなくす』だけなのよ。話題沸騰の新メンバーが転入……なんてレベルのビッグニュースじゃ、兄さんの力でもどうにもならないわ」
「意外に融通が利かないんですね。P君の魔法も……」
「もっと融通利かないのが、何言ってんのぉ?」
里緒奈のツッコミは流すとして。
「まあ、それだけ昨日のイベントはインパクトがあったってことさ。美香留ちゃんも気にしなくっていいからネ」
「うん! ありがとー、おにぃ」
当事者の美香留はけろっと笑みを咲かせる。
実のところ、この反響は『僕』の予想を上まわっていた。
人気のアイドルグループが新メンバーを発表するなら、何ヵ月も前から各方面のメディアに根まわしして、コンサートを企画して……と、慎重にやるべきだ。
それを『僕』たちは、この夏に間に合わせたいがため、行き当たりばったりのコラボ企画でやってしまった。にもかかわらず新メンバー加入の一報は、昨日の今日で世間を駆け抜け、芸能ニュースの一面を堂々と飾っている。
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