第226話

 幸いにして、そのタイミングでスタッフが呼びに来た。

「SHINYさーん! 着替えが終わりましたら、メイクのほうお願いしまーす!」

「はっ、はーい! すぐに行きます」

 おかげで、それ以上は追及されずに済む。

 今さらのように美玖はケータイを背中にまわし、顔の全部を引き攣らせた。

「そ、そう! 撮影の前にはメイクしなきゃ……うん、メイク……」

「今日もプロのひとにやってもらえるんっしょ? ミカルちゃん、お化粧できないもん」

「ナナルが今度、美香留ちゃんに教えてあげるわ」

 改めて実感する。

 『僕』もアホだが、妹もアホだと。

(こんな調子でいつまで誤魔化せるんだろ……)

 気を取り直して、『僕』はSHINYのメンバーとともにステージのほうへ。

 すでに会場は大勢のファンで賑わっていた。

 ほとんどが男性だが、二割くらいは女性の姿も。ライブが始まる直前の、独特の緊張めいた空気が充満している。

 客入りにはスタッフも満足そうだった。

「できれば野外のステージで、もっと派手にやりたかったんですけどねえ」

「なにぶん6月ですから。外で雨に降られることを考えたら、こっちが正解でしょう」

 魔法使いの『僕』でも、さすがに天候を操ることはできない。一時的に晴れ間を作る程度に留めておかないと、気候そのものを破壊しかねないからだ。

 だから『僕』もこの時期は、なるべく天候に左右されない企画を選んでいた。

(次の世界制服は絶対、晴れてくれないと困るしね。魔法はここ一番って時に……)

 すでに舞台のほうは万全で、あとは開演を待つのみ。

「SHINYのみなさん! 今日もよろしくお願いしますねー」

「は、はいっ! 頑張ります!」

 美玖は憧れの声優たちと握手を交わし、早くも舞いあがっていた。

 心配そうに恋姫が新メンバーに声を掛ける。

「美香留は大丈夫? 緊張してない?」

「へーき、へーき。ミカルちゃん、やる気満々だもん」

 初仕事で気後れし、波に乗りきれなかった苦い経験が、かえって美香留の自信を支えているようだった。里緒奈たちも彼女を対等なメンバーとして扱う。

「ミスしても気にしないで。リオナもフォローできる分はフォローするし?」

「大事なのは、ファンに誠実であることよ。それさえわかっているなら大丈夫だわ」

「ありがと! 里緒奈ちゃん、菜々留ちゃんも」

 プロデューサーの『僕』はほんの少しだけ疎外感を抱いてしまった。

(やっぱり同い年の仲間に励まされるほうが、元気になれるんだろーなあ……)

 美香留という妹の門出が嬉しいような、寂しいような。

「P君は演出のほうをお願いします」

「恋姫ちゃんもユニゾンブライト、頑張ってネ」

「……その応援の何割くらいがスケベ心なんです?」

 間もなく開演の時間となり、『僕』は舞台の袖へ引っ込む。

「お待たせしました! 本日は『ユニゾンヴァルキリー劇場版・決起集会』へお越しいただき、ありがとうございまぁーす!」

 会場に拍手が響き渡った。

 司会を務めるのは、アニメで『ユニゾンカラット』を演じる大人気の声優。ラジオもまわしているだけあって、軽快なトークで繋いでいく。

 SHINYの出番はもう少しあとだ。

「映画はこの秋公開! 収録は盛りあがったよねー、タっちゃん」

「PVのシーンとかヤバかった、ヤバかった! 早く見て欲しいです、ほんと」

 キャストたちにとっても『ユニゾンヴァルキリー』は大きな仕事に違いないようで、トークの節々から気迫が伝わってきた。

(里緒奈ちゃんたちにもこんなふうに、もっとお仕事に入れ込んで欲しいなあ……)

 贅沢な悩みとは思いつつも、『僕』は彼女たちに憧れずにいられない。

 SHINYの肝入り企画、世界制服。

 それは現状、プロデューサーの『僕』が押しつけているだけであって、SHINYのメンバーはさほど楽しんでくれていない気がした。

 確かに現場では真剣にやってくれるし、結果も出している。

 しかし里緒奈たち、特に恋姫は世界制服の企画にまだまだ乗り気ではない。

 悪く言うなら、彼女たちは自分の価値観で『仕事を選んで』しまっていた。世界制服をイロモノ企画と軽視し、化粧品やスニーカーのCMほどには本気になれない――と。

(僕が魔法であれもこれもクリアしちゃうのも、だめなんだよな)

 そんなことを考えながら、『僕』はイベントを見守る。

 やがてSHINYの出番となった。

「そうそう! 今日は劇場版と二期で主題歌を歌ってくれることになった、SHINYのみなさんに来てもらってまーす! SHINYさん、どうぞ!」

 照明が落ち、スポットライトだけがステージを照らす。

「「ユニゾンッ!」」

 その掛け声を皮切りに、会場の空気が一変した。

 和気藹々としていたファンイベントの雰囲気が、緊張感で張り詰める。

 薄闇の中、ピンク色の閃光が真横に走った。

「任務了解! ユニゾンカラット、ただちに出撃します!」

 聖装少女になりきった里緒奈が、獲物のランス(突撃槍)を華麗に振りまわす。おさげを波打たせる優雅にして孤高の勇姿は、まさにアニメそのもの。

 続けざまに、今度は金色の閃光がX字を切り結んだ。

「無茶しないで、カラット! 私だっているんだから、もっと頼ってくれないと」

 本物のユニゾンジュエルさながらに、美玖が二刀流の剣技を見せつける。

 もちろんエフェクトは『僕』の魔法だった。ステージの真上からユニゾンブライト(恋姫)も登場し、ファンの視界を一刀両断。

「ザコの相手は私に任せておけ、カラット、ジュエル。目的は要人の救出……だろう?」

「来てくれたんだね、ブライト! じゃあチャームも?」

「当然やろ? みんなだけ戦わせて、ひとりだけ留守番なんてでけへんよ」

 ユニゾンチャーム(菜々留)も魔弾で弾幕を張りながら、合流する。

 声はキャストのものとはいえ、口パクも表情もまったく違和感がなかった。美玖のみならず、菜々留や恋姫も聖装少女になりきっている。

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