第224話

 修羅場をあとにして、美香留は自分の部屋へ戻るも、上の空。

「……………」

 今の今まで想像さえしなかった真実が、頭の中をぐるぐるとまわり続ける。

 実の兄のように憧れ、慕っていた妖精さんが、人間の男の子だった。

 それも、とびっきりの――。

 美香留は両方の頬を押さえながら、赤面する。

「う、うっそお……! おにぃが、本物の……『王子様』だったなんて……!」

 今になって感激が込みあげてきた。

 里緒奈たちのプリメで見た時は、これといった関心もなかったはずなのに。大好きな妖精さんの正体がそれとなっては、興奮もする。

 まるで運命の出会いのように。

 しかし喜んでばかりもいられなかった。

 王子様はSHINYのメンバーとデートをして、ちゃっかりプリメまで撮っているのだから。何をもってほかのメンバーに出遅れているかを、美香留は自覚する。

「よぉーし! おにぃのため、ミカルちゃんも頑張るぞ~っ!」

 決意の漲るガッツポーズが、小粋に弾んだ。


                  ☆


 昨夜はあわや妹の美玖と……というタイミングで、美香留に救われた。

 一晩ぐっすり眠ったとこで、熱っぽかった頭も冷える。

「そっか……別に美香留ちゃんにバレたって、問題ないんだ」

 そもそも『僕』には、人間の男子であることを隠す理由がなかった。里緒奈や菜々留に言われたから、新メンバーの美香留には本当の姿を見せずにいただけのこと。

 『僕』が本当は勇者似の妖精さんではなかったことに、美香留はがっかりしたかもしれないが、アイドル活動に支障はないはず。

 それどころか、翌日から美香留の動きが目に見えてよくなった。

 メンバー全員が揃ってのレッスンでも、臆することなくステップを踏む。歌のほうも惚れ惚れとするほどの美声で、里緒奈たちを驚かせた。

「やるじゃない! 美香留ちゃん!」

「ナナルもびっくりしたわ。この数日のうちに、もう?」

 連日のレッスンに『僕』も手応えを感じる。

「うんうん! 飲み込みが早いよ、美香留ちゃんは」

 『僕』の期待した通り、美香留には充分な伸びしろがあったらしい。SHINYの大きな戦力になることは、もはや疑いようもなかった。

 ところが、恋姫とキュートは新メンバーの急成長を訝しむ。

「怪しい……P君のことだから、美香留と……」

「ねー? 美香留とふたりきりでレッスンなんて、絶対……」

「ちょ、ちょっと? 僕は何も――」

 しかし特別レッスンの内訳を弁明しようにも、美香留に抱え込まれてしまった。

「ミカルちゃんとおにぃ、ふたりだけの秘密っ! だもんね? おにぃ」

「え? だから秘密にするようなことは」

 そのせいで、里緒奈や菜々留まで疑いのまなざしを向けてくる。

「ふぅーん? さてはPクン、美香留ちゃんにも?」

「やあねぇ……そろそろ新しいお仕置きのメニュー、考えなくっちゃ」

「誤解だってば! ほんと! 僕は普通に教えただけで!」

 プロデューサーがメンバーに信用されていないところが、SHINYの弱点だった。

「ところで、美玖はまだ委員会なの?」

「遅いわね。あの子は真面目だから、抜けるに抜けられないんでしょうけど」

「え、えへへ……」

 信用されきっているマネージャーも、いつ爆弾になることやら。


 そんなこんなで新メンバーの美香留も合流して。

 いよいよ週末は『聖装少女ユニゾンヴァルキリー』のビッグイベントを迎えた。マネージャーの美玖が興奮気味に企画書を読む。

「劇場版に先駆けて、この夏は『ユニゾンヴァルキリー』のイベントが目白押しね。キャストのトークショーに、コンサートでしょ? それから……」

 菜々留が『僕』に耳打ちする。

(美玖ちゃんの好きにさせてあげてね? Pくん)

(もちろん。こういう時くらいはね)

 生真面目な妹は、仕事と趣味を分けたがる傾向にあった。しかし大好きな『ユニゾンヴァルキリー』の企画では、さすがに自制しきれないのだろう。

 かといって、妹がマネージャー業を疎かにするはずもなかった。この程度の役得なら、プロデューサーの『僕』も許容するべきこと。

 『僕』はプロデューサーらしくSHINYの皆に発破を掛ける。

「今日は『ユニゾンヴァルキリー』のイベントだけど、半分は僕たちSHINYのイベントでもあるから。出し惜しみなんか考えないで、思いっきりやろうネ!」

「はっあーい!」

 メンバーの気合は充分。

 ちなみに今回は歌とダンスのステージがあるものの、ユニゾンジュエルのコスプレはマネージャーの美玖が担当することになっていた。

 アニメの制作サイドも、仮面ありきのキュートでは難色を示している。

(ふたりが並ぶことはないから、そのうちファンにもバレるとは思うけど……)

 梅雨だけに昨日から雨が降っているが、屋内の会場は客入りも上々だった。ただ、SHINYのファンより『ユニゾンヴァルキリー』のファンが大半を占めている。

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