第223話
次第に『僕』は理性的な抵抗力を失い、妹の柔らかさを受け入れていく。
「きゅーとがこのスクール水着でぇ、お兄ちゃんをゴシゴシって。……ね? お兄ちゃんもきゅーとと、カラダで洗いっこ……したいでしょ?」
「そ……そりゃあ、まあ……」
『僕』の眼前に三つの選択肢が浮かびあがった。
<妹と洗いっこする>
<妹と洗いっこする>
<妹と洗いっこする>
どれも同じじゃないか。
答えは決まってるじゃないか。
『僕』はもう一度ごくりと喉を鳴らし、手を震わせる。
(美玖と……お、お風呂で洗いっこ……)
普段の素っ気ない美玖にも、こんな気持ちを抱いていたのだろうか。我慢するかしないかの葛藤をすり抜けるように、ストレートな欲求が込みあげてくる。
『僕』は妹と――。
「おにぃ~! 入ってるぅ?」
ところが、恋人同士のムードはその一声で吹き飛ばされた。
「みみっ、美香留ちゃん?」
「おにぃの短いおててじゃ、背中とか洗えないと思ってー。手伝ってあげ……」
『僕』とキュートがおたおたする間にも、スクール水着(授業用)の美香留が平然と戸を開け、入ってくる。
その瞬間、風呂場の時間が凍りついた。
もうもうと湯気だけが揺らめき、脱衣所のほうへ流れていく。
「え、えぇと……ごめんなさい、お邪魔しました……」
美香留は一旦、仕切り戸を閉めて後退。それから改めて浴室を覗き込んで、つぶらな瞳を白黒させる。
「じゃなくてっ! え――えええええ~っ?」
お風呂場に甲高い悲鳴が木霊した。
騒ぎを聞きつけたらしい里緒奈たちも、続々と駆けつけてくる。
「どうしたの? お兄様、お風呂で何を……あ」
「あらあら……今夜はキュートちゃんと一緒だったのね」
「ゆっ、昨夜はレンキにあれだけしておいて! もう別の女の子ですか!」
「待って、待って、待って!」
裸の『僕』はキュートの背中に隠れつつ、必死に弁明。
「ひとりでお風呂に入ってたら、キュートが来て! 美香留ちゃんも来て! だから」
「だから……何です?」
しかし恋姫を誤魔化すことはできなかった。
今も『僕』はスクール水着のキュートを後ろから抱き締めてるわけで。
キュートはぷくっと頬を膨らませる。
「みんなだって、お兄ちゃんと洗いっこしたくせに。きゅーと、知ってるんだからね?」
「「うっ」」
『僕』を責める気満々だった里緒奈や恋姫が、口を噤む。
菜々留は困ったように溜息をついた。
「確かにキュートちゃんにも、お兄たまとお風呂に入る権利はあるわよねぇ。それはいいとして……美香留ちゃん? 意識はあるのかしら?」
「……………」
美香留は菜々留たちの合流にも気付かず、放心するばかり。
かろうじて瞬きをして、また『僕』を凝視し……ゆっくりと首を傾げた。
「お、おにぃは? そのひとって、み、みんなのプリメに映ってた……でしょ?」
まだ混乱している『僕』に代わり、里緒奈が白状する。
「それがお兄様の本当の姿なの。お兄様は人間よ? 人間の男の子」
「……ほえぇ……」
どうやら美香留の処理能力を上まわってしまったらしい。
「キュート、サイレスを解いてくれる?」
「あ……うん。ちょっと待ってね」
『僕』は観念し、美香留の目の前でいつもの素敵な妖精さんに変身した。
美香留はさらに目を見開いて、唖然とする。
「お、おにぃが……にんげんの、おぉ、おとこのひと……」
それきり全員が押し黙った。
証明とばかりに『僕』はもう一回変身し、美香留の反応を窺う。
「えっと……ど、どう? びっくりした?」
美香留は真顔のままで、まわれ右。
「ミカルちゃん、お部屋に帰る」
「そ、そう? うん……」
里緒奈たちも声を掛けるに掛けられず、足取りのおぼつかない美香留を見送った。
『僕』たちは戸惑いつつ顔を見合わせる。
「バレちゃったわよ? お兄様。どうするわけ?」
「どうするって言われても……なあ」
「それよりお兄たま、服を着るか、変身したら? ナナルは構わないけど」
「そっそうです! お兄さん、いつまで裸なんですか!」
「ここはお風呂だよ! みんなが出てって!」
両手のV字で股間を隠すのも、これで何回目やら。
ご機嫌斜めのキュートが『僕』の頬を抓る。
「もうっ! 美香留までその気になっちゃうじゃない、お兄ちゃん!」
「そ、その気っふぇ? ちょ……引っ張らないで~!」
とりあえず今は早く服を着たかった。
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