第221話
一方で、美香留は今日もお忍びのスタイルで見学していた。ぬいぐるみの『僕』を抱えつつ、羨ましそうにサイン会を見守る。
「サイン会に来るのって、ミカルちゃん、男の子ばかりだと思ってたけど……女の子も結構いるんだ? Pにぃ」
「むしろメインターゲットは女性ファンなんだよ。SHINYにとって」
アイドル業界には『男性ファンは熱しやすく冷めやすい』という定説があった。これが本当らしいことは、『僕』もMOMOKAのプロデュースで経験している。
有栖川刹那も懸念していた通りだ。
イケメンアイドルの場合は一旦ヒットすることで、ファン層が安定するのも、その大半が女性だからとする見識もある。
またファンの数は、時にモラルの問題にも直結した。
芸能界に限らず、『ただ流行を追いたいだけ』のファンは多い。そういったファンの俗物根性を刺激し、一時的に数を集めても、定着しないという寸法だ。
表向きはブレイクしたはずなのに翌年には解散、というパターンはこれに当たる。
さらに、その手のファンは何かとトラブルを起こしやすかった。ファン同士の抗争がアイドルに飛び火し、活動に支障を来たすことも、今となっては珍しくない。
「マーベラスプロだと、まさにSPIRALがこのパターンでね」
「ふーん。長期連載しか頼れない漫画雑誌みたいな感じ?」
「……割とこっちに慣れてるよね、美香留ちゃんも」
だからこそSHINYは、通りすがりの百人より、足を止めてくれる十人を。それをスタンスとして、女性ファンの定着を意識していた。
「世界制服も、実はそのための企画なんだ。アイドルが自分と同じ制服を着てたら、親近感が湧くっていう……わかる?」
「ん~、なんとなく。Pにぃの趣味ってのもあるんだろーけど」
「ま、まあ否定はしないよ。できないし……」
やがてサイン会は大盛況のうちに幕を閉じた。
里緒奈がのけぞるように伸びをする。
「ん~っ! Pクン、今からだと遅くなるし、どっかで食べていかない?」
「ナナルも賛成! そうねえ……今夜は和食がいいかしら」
「ここの七階はレストラン街なんでしょう?」
菜々留と恋姫もアイドル活動の忙しさとは裏腹に、余裕さえ浮かべていた。お化粧上手な菜々留に至っては、美肌が朝一のようなツヤツヤ感。
そんな里緒奈たちが『僕』を囲んで、キャッキャウフフと戯れる。
「食後のデザートも買ってっちゃう? Pクンの好きなプリンとか~」
「あらあら、だめよ? 里緒奈ちゃん。寝る前の間食なんて」
「カロリーが全部、胸に行くのよね、レンキたち……美玖ほどじゃないにしても」
キュートがアイマスクの中で双眸を細めた。
「怪しい……。お兄ちゃん、さてはまたお風呂でぇ……」
(ギクッ!)
この殺気を『僕』は身体で憶えている。妹の放つものと同じだ。
「そ、それじゃみんなでレストランに……ね? キュートと美香留ちゃんも」
「ミカルちゃんも異論はないけどぉ」
すっかり蚊帳の外の美香留が、不思議そうに小首を傾げた。
「美玖ちゃん、いつも先に帰っちゃうの、なんで?」
((ギクギクッ!))
『僕』とキュートは同時に口角を引き攣らせる。
「え、ええっと……アニメが観たいから、じゃないかなあ……?」
「録画すればいいのに?」
「美玖ちゃんはクラス委員だから、お勉強で忙しいのっ!」
言い訳に四苦八苦する『僕』たち兄妹のため、恋姫がフォローにまわってくれた。
「美玖はお兄さんのことが嫌いなのよ。だから先に帰るのも、毎度のこと」
「えっ……そこまで冷え込んでたの?」
盛りすぎです、恋姫さん。
菜々留と里緒奈は素朴な疑問を口にする。
「でも美玖ちゃん、どうやって帰ったのかしら? シャイニー号もなしで?」
「それ、リオナも思ってた。なんか最近、美玖ちゃんのほうが神出鬼没ってゆーの?」
メンバーにキュートの正体がバレるのも、やはり時間の問題ではないだろうか。
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