第218話
しかし美香留は宮廷魔導士の娘なのに、魔法が使えなかった。
『僕』のもとでホームステイを繰り返したのも、城では居場所がない彼女のための、苦肉の策だったりする。
つまり美香留は、腕白な性格とは裏腹に、本当は誰よりも劣等感を抱きやすい。
そんな彼女を、『僕』は曲がりなりにも支えてきたつもりだ。美香留も『僕』にだけは何でも正直に話す、と約束してくれている。
「そのぉ……ね? 昨日のお仕事、みんなはテキパキこなしてたのに、ミカルちゃん……思ったようにできなくって……」
美香留の告白には懺悔じみた響きがあった。
アイドルの初仕事に意気込んで臨んだはずが、メンバーとの差を痛感させられ、自信をなくしかけているのだろう。
もちろん『僕』はプロデューサーとして、また兄として彼女を励ます。
「初めてのお仕事だったんだから、そんなの当たり前だよ。里緒奈ちゃんたちの初仕事に比べたら、昨日の美香留ちゃん、よくできてたぞ」
「……そお? あんなので?」
美香留の瞳がじわりと潤んだ。
こういう時、言葉は無力だと実感する。それでも『僕』は力説するしかなかった。
「本当だってば。追加で撮影しようって話になったのも、現場のスタッフが、美香留ちゃんを意識しまくってたからでさ」
これこそ本当のことだ。
撮影の指示ごとに右往左往するような新人だったら、誰も追加で撮ろうとは思わない。しかし美香留はスニーカーのCMで、及第点を上まわる仕事ぶりを見せつけた。
同じスタジオだったおかげで、その評価がゲーム雑誌の編集者たちの耳にも届いたのだろう。少なからず昨日のスタッフは、美香留に光るものを見出したはず。
のみならず、『僕』は明朗に言ってのけた。
「それにね? 美香留ちゃん。アイドルは決して完璧になっちゃだめなんだ」
「……どーゆーこと? おにぃ」
不思議そうに美香留が瞳を瞬かせる。
「これは僕の持論なんだけど……ファンはみんな、アイドルが成長していくのを応援したいんだ。でも最初から完璧じゃ、応援のし甲斐がないでしょ?」
「う、う~ん……わかるような、わかんないような……」
「マラソンと同じだよ。勝つことよりも、一生懸命に最後まで走ること。そういう選手の姿が、僕たちの心を動かすんじゃないか」
これが『僕』なりの、精一杯の励ましの言葉だ。
美香留も少しは納得してくれたようで、健気な笑みを綻ばせる。
「ありがと、おにぃ。ちょっと元気出たかも」
「それじゃ、もう一回通しで演ろっか」
「うんっ!」
モチベーションが上向いたところで、レッスンのレベルも少し上げて――。
一緒に踊りながら、『僕』は昔のことを思い出した。
(よく美香留ちゃんと遊んだっけ……)
追いかけっこしたり、ボール遊びしたり。
そんな思い出の数々が、美香留を大事な宝物のように思わせる。
「美香留ちゃんも今に使えるようになるよ。魔法を」
「え? どうやって?」
「アイドルの魔法を。ネ!」
早くも次の仕事が楽しみになってきた。
☆
実際、食生活にはかなり気を遣っている。
アイドルの肌ツヤは正しい食事から。カルシウムや各種ビタミン、鉄分などを計算したうえで、日々の献立を決める。
もちろん家計簿には、何を食べたかを記録していた。
MOMOKAとふたりで暮らしていた頃は、よく商店街のおばちゃんにアドバイスをもらったもので。SHINYの皆にも健康であって欲しいと、常々思っている。
「……だからって、ちょっと魚が続きすぎたかなあ?」
そんなことを考えつつ、ぬいぐるみの『僕』はお風呂でまったり。
すでにSHINYのメンバーは全員、入浴を済ませている。男子の『僕』は最後だ。
女子高生、それもアイドルたちが順番に入ったお風呂――。
ふと恋姫の言葉が脳裏をよぎる。
『レンキたちの残り湯だからって、飲んだりしないでくださいね?』
『僕』の正体が人間の男性だとバレてからというもの、メンバーの態度には変化が生じ始めていた。恋姫は無論、里緒奈や菜々留も『僕』相手に一線を引いている。
ぬいぐるみの『僕』を抱っこすることも減った。
その分、キュートと美香留で『僕』の争奪戦が勃発。さっきも妹たちの爆乳に挟まれ、死ぬところだった。
挟まれての圧死――ではなく、里緒奈のコークスクリューで。
「おかしいなあ……アイドルを育ててるはずなのに、みんな、格闘技が得意に……」
とりあえず里緒奈のコークスクリューや恋姫の延髄蹴り、菜々留のエルボーがなくなれば、『僕』のHPも安泰なのだが。あとぬいぐるみを相手に、足場を用意してまでシャイニングウィザードを繰り出してくる妹が鬼畜すぎる。
魔法使いだからウィザード(魔導士)なのか。
そんなことばかりに思考を費やすことには、実は理由があった。
「……広いなあ……」
お風呂場にスペースがありすぎるせいで、落ち着けない。
もとはせいぜい2メートル四方の浴室だ。里緒奈たちの要望もあって、それを魔法で改装した結果が、この無駄な広さ。
50センチ大の『僕』にはいっそう広々と感じられる。
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