第217話

 里緒奈が身体を弓なりに伸びきらせた。

「ん~っ! やっと終わったわね。帰ったらドラマの録画、消化しなくっちゃ」

「鳳蓮華のあれね? ナナルも続きが楽しみだわ」

「ちゃんと宿題もするのよ? 里緒奈は途中でしょう」

「Pクぅン! また恋姫ちゃんが~」

 プロのアイドルも、素顔は普通の女の子。

 SHINYが人気のアイドルグループになっても、里緒奈や菜々留たちの純朴なところは、変わるはずもなかった。

「意地悪しないで、恋姫ちゃんは里緒奈ちゃんの宿題、教えてあげて? ナナルはPくんとお夕飯の買い出しに行ってくるわ」

「おにぃ、ミカルちゃんも行く! 今晩は何にするの?」

「っと、それだ。里緒奈ちゃんたち、さっき何か相談……ん?」

 そのタイミングでマネージャーの美玖からメールが届く。

『先に帰るわね。また明日、学校で』

 今しがたキュートがこっそりケータイを弄っていたのは、見なかったことに。

「美玖はもう帰ったってさ」

「まったくもう、あの子は……またひとりで食べるつもりかしら」

「ほんとに美玖ちゃん、ひとり暮らしなんだね。ミカルちゃん、ちょっと心配……だけど寮でおにぃと一緒に、ってゆーのはなあ……」

 『僕』だけは予感せずにいられなかった。

 キュートの正体がメンバーにバレるのも、そう遠くないだろう――と。

「フォローできる分はフォローするけどさあ……」

「お兄ちゃん? 帰らないの?」

(だから正体を誤魔化したいなら、話を合わせてってば!)

 帰りもシャイニー号で寮まで一直線。

 夕飯はサバの塩焼きにした。


                  ☆


 翌日から授業中の空き時間を利用して、美香留とレッスンすることに。

 すでに美香留のS女への転入は決まっており、手続きは完了した。魔法を使えば、不自然な時期の転入も違和感なしに誤魔化せるだろう。

 あくまで『僕』は『学業との両立』を目指しているため、美香留にもS女でしっかりと学んで欲しい。

 ただ、美香留はすでにマギシュヴェルトの学校で相応の学業を消化していた(合格点ギリギリとはいえ)。こちらの世界でも高校生程度の学力には相当するはず。

 その一方で、アイドル活動において美香留は大幅に遅れていた。確かにSHINYの楽曲やダンスは一通り習得しているものの、すぐに本番を迎えられるほどではない。

 そこで『僕』は美香留に関し、当面の間はアイドルのレッスンを優先することにした。

 『僕』は体育教師だから、担当の授業がない時は体育館も空いている。

 美香留はやや大きめのTシャツにスパッツの格好で、ダンスの練習に励んでいた。

「その調子だよ、美香留ちゃん。ワン、ツー! ワン、ツー!」

「う、うん……じゃなかった、ハイッ!」

 『僕』もコーチとして指導に熱を込める。

 美香留に合わせて、メンバーの『影』もステップを刻んだ。

 今は教室で授業を受けている里緒奈や恋姫の分身だ。これなら美香留ひとりでも、フルメンバーで練習するのと同じ成果が得られるわけで。

 新入りの彼女に遠慮させることもない。

「ひとりで踊るのとは、やっぱり違うでしょ? 間隔の取り方とか」

「そうだね。おにぃのおかげで何とかなりそう……かも」

 けれども当の美香留には、どことなく不調に陥っている節があった。がむしゃらになったかと思えば、何やら考え込んだりと、集中力にブレがある。

「ちょっと休憩にしようか」

 レッスンを中断すると、彼女は愕然とさえした。

「おにぃ? ミカルちゃんはまだ全然……」

「焦ることないよ。基礎はしっかり固まってるんだし」

 いくら練習法が最適でも、本人が本調子ではない以上、効率は悪くなる。やる気が空回りするようなパターンだけは避けたい。

 ぬいぐるみの『僕』は美香留と一緒に腰を降ろし、スポーツドリンクの蓋を開けた。

「僕には何でも相談するって、約束したよね? どうしたの?」

 観念したように美香留がそれを受け取る。

「うぅ……おにぃってば、やっぱお見通しなんだ?」

「そりゃあ僕にとって、美香留ちゃんは美玖より『妹』って感じだからさ」

 この妹のような少女が『僕』を慕ってくれることには、理由があった。

 美香留の母親はマギシュヴェルトでも高名な宮廷魔導士で、王族からも一目置かれている。『僕』の修行を監督しているのも美香留の母親だ。

 当然、娘の美香留にも大きな期待が寄せられている。――寄せられていた。

 宮廷魔導士の娘であるにもかかわらず、美香留は魔法が一切使えないのだ。素質自体が欠落してしまっており、魔導の研究者たちも匙を投げている。

 これがまだ市井の女子ならよかった。マギシュヴェルトでも、魔法の素質を持たずに生まれる者は少なくない。

 もしくは男子であれば、救われたかもしれなかった。男性は魔法の行使全般を禁じられているため、素質がなくとも引け目を感じずに済む。

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