第216話

 美香留はしげしげと撮影現場を眺めていた。

「さっきまでのお仕事と、随分と雰囲気が違うんだね? Pにぃ」

「でしょ? キュートならではのお仕事さ」

 『僕』も同じ現場を一瞥する。

 これまでにもSHINYがスポーツ用品やお菓子のCMに出演することはあった。その仕事の幅がキュートの加入によって、サブカルチャーのジャンルへも広がったわけだ。

「ファッションの方面も菜々留ちゃんが強いし……メンバーそれぞれに得意分野があるからこそ、SHINYのお仕事も選択肢が増えるんだ」

「ふーん。ミカルちゃんは?」

「スポーツ方面で、と考えてるよ。プロデュースは僕に任せて」

 ついでにプロデューサーの面目躍如……と思いきや、恋姫が嘆息した。

「それでブルセラ趣味がなければ、レンキももっと前向きになれるんですけど……」

「だ、だから! あれは占いの結果、見返りが大きいってわかったからで」

 『僕』は狼狽するも、菜々留や里緒奈まで口を揃える。

「今さらその言い訳はないんじゃないかしら? Pくん、世界制服の時は異様なくらいエネルギッシュなんだもの」

「そーそー。毎回必ず、リオナたちにスクール水着着せたがるしぃ?」

 しかし美香留は瞳を瞬かせるだけ。

「えっと……その、『ぶるせら』ってなぁに?」

「P君、説明してあげたらどうですか?」

「そっそれより! みんなでキュートを応援しよう! ねっ!」

 苦し紛れに『僕』はキュートの背中を押した。

「頑張るね! お兄ちゃん」

「その意気だよ。頼もしいなあ、キュートは」

「むむぅ……なんか面白くなーい」

 不満げな美香留を尻目に、コスプレ姿のキュートが撮影に臨む。

 新メンバーとはいえ、妹はマネージャーとしてSHINYの活動を見守ってきた。それだけに場慣れしており、慌てる場面もない。

 それほどの才能が備わっていたのか。

 もしくは、妹も『僕』とのニャンニャンでレベルアップしたのか。

(……いや、才能があったってことにしとこう。うん……)

 撮影はつつがなく終わり、時間が余ってしまった。

「お疲れ様です~。シャイP、あの……ちょっと相談なんですけど」

 その続きに予想がつき、『僕』のほうから了承する。

「もうひとりくらいなら大丈夫ですよ。そうだなあ……美香留ちゃん、やってみる?」

「え? やるって、何を?」

「コスプレで撮影。もう少し撮りたいんだってさ」

 新入りの美香留にとっても僥倖のチャンスだ。

「こんな急に撮っちゃって、ページ数とか問題ないの? Pクン」

「それを合わせるために撮っておきたいんだよ。多分ね」

 一般的に書籍のページ数は『8の倍数』とされている。あらかじめ編集の段取りやライターのギャラが決まっているため、その内訳は不動だ。

 しかし編集の間に状況が揺れ、予定に変更が入るのも毎度のこと。

 ギャラとスケジュールに問題がなければ、代打は成り立つ。

「雑誌の発売が美香留ちゃんのデビュー企画より先になっちゃ、だめよぉ?」

「そこはちゃんと押さえてるよ。大丈夫」

 そんなわけで、急きょ美香留もコスプレ撮影に参加する運びとなった。

「ネコ耳の人気キャラがいまして。そちらの新人さんはご存知で?」

「美香留ちゃんは知らないよね? エレンヌ」

「普通に知ってるPクンはさすがね」

 『僕』は衣装を菜々留に預ける。

「菜々留ちゃん、美香留ちゃんが着替えるの手伝ってあげて」

「わかったわ。なるべく早く済ませるから、P君はこっちを進めておいてね」

 その言葉通り、菜々留は十分ほどでメイクまで整えてくれた。

 ファンタジー然とした格好の美香留がネコ耳を立てる。

「こういうのって、恥ずかしいかも……」

「変に恥ずかしがっても素人くさくなるだけよ。割りきるのが正解」

「恋姫ちゃんがそれ言うの、説得力あるよねー」

 恋姫や里緒奈は新メンバーの初々しさに共感している様子だった。

(みんなも最初のうちはこんなだったっけ)

 美香留の加入は行き当たりばったりになってしまったものの、SHINYにいい風を運んできてくれたのかもしれない。

(今回は僕も魔法でサポートするか)

 美香留にとって本日二度目の撮影が始まる。

「これと同じポーズをするんだ、美香留ちゃん、もっと前屈みで、胸を強調して」

「こお? Pにぃ、ミカルちゃん、上手にできてる?」

「バッチリ! 目線もこっちね」

 プロデューサーの『僕』もMOMOKAのコスプレ企画で培ったカメラ技術を活かし、美香留の魅力をファインダーに収めまくった。

 これがMOMOKAなら『ちょっと脱いでみようか』と要求するところ。

 一方、里緒奈たちは何やら内緒話に興じていた。

「やった! 一番手はリオナね」

「邪魔するのはなしよ? 恋姫ちゃんも」

「わ、わかってるったら……レンキはその、別に……」

 暢気なノリからして、夕飯の献立でも相談しているのだろうか。ただ、キュートだけは美香留の仕事ぶりのほうが気になるようで。

「お兄ちゃんったら、今日は美香留ちゃんばっかりぃ~」

「し、しょうがないだろ? 美香留ちゃんのデビュー戦なんだぞ」

 多少の不安はあったものの、美香留の撮影は十分と掛からなかった。

「今度こそお疲れ様! 見本誌ができたら、マーベラスプロのほうへ送りますんで」

「楽しみにしてます。本日はありがとうございました~」

 『僕』たちは整列し、横並びで頭を下げる。

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