第215話

「確かに魔法で誤魔化せるものもあるよ? けど僕は、自分の力で失敗することも、時には必要だと思ってるんだ。だから美香留ちゃんも怖がらないで、頑張って」

 突き放すように聞こえるかもしれない。

 しかし美香留は迷いを振りきると、ガッツポーズで意気込んだ。

「よ……よぉし! ミカルちゃん、今から本気っ!」

「その調子だよ。美香留ちゃん」 

「いきなり歌って踊るわけでもないんだし? 楽勝よ、楽勝」

 いよいよ美香留にとっての初仕事が始まる。

 新作のスニーカーも美香留のモチベーションを底上げした。

「えっ? この靴ってもらえるのぉ?」

「サンプルとしてね」

「配信動画を撮る時とか、使えるのよね。スニーカーなら出番も多そう」

 しっかりと靴紐を結び、CMの収録に臨む。

 スタッフも新メンバーのため、適度に間を持たせてくれた。『僕』や里緒奈のフォローもあって、おっかなびっくりだった美香留も、次第に現場の空気に馴染む。

 何といっても里緒奈の集中力が素晴らしい。

「シーン3の撮影、行きまーす!」

 カメラがまわり始めると同時に、里緒奈の雰囲気が一変。愛嬌たっぷりの笑みも、何気ないポーズも、しっかりと芯の通ったものになる。

 被写体としてのカメラワークも完璧だ。

「次はあっちのカメラで、後ろから撮るのよ。美香留ちゃん」

「あ、うん。わかった」

 里緒奈をお手本にして、美香留も何とかスタッフの要求をクリアしていく。

 そんな中、プロデューサーの『僕』はある確信を抱いていた。

(先月あたりからだよなあ……みんなの仕事ぶりが格段によくなったのって……)

 心当たりはある。

 実際のところ、SHINYのメンバーは四月頃まで垢が抜けきっていなかった。しかし『僕』とのある特訓を経て、女の子としての魅力をブーストさせている。

 つまりは人間の『僕』と、お風呂で――。

(いやいやいやっ! 都合よく考えちゃだめだぞ? そんなわけ……)

 その発想に一度はかぶりを振るものの。

 女になったことで(最後までしたわけでじゃないが)、里緒奈たちは何かしらの自信を獲得したのだろう。今まではカメラに受け身で『撮られる』スタンスだったものが、能動的に『撮らせる』になりつつある。

 そのきっかけがお風呂でニャンニャンだったとしても。

(大変なことしちゃったんだよなあ、僕……)

 『僕』は罪悪感を拭いきれなった。

 プロデューサーがアイドルに手を出したも同然、しかも里緒奈のみならず、菜々留や恋姫にまで同じことを。

 三股が発覚した時など、殺されかけている。

 それに加え、妹のキュート(美玖)とも何ぞやあったらしい。

 スクール水着の妹と同じベッドで朝チュンを迎えたのは、先日のこと。男性としても兄としても、果たして一線を踏み越えずにいられたのか――『僕』に自信はなかった。

(……まあ、もうニャンニャンすることはないだろうし? 多分……)

 ヘタレの『僕』は結論を先送りにして、ただ悶々とする。

「お疲れ様でしたあー!」

 やがて収録は無事に終了した。

 ずっと気を張りっ放しだったらしい美香留が、へなへなと座り込む。

「お、終わったあ……」

「頑張ったね、美香留ちゃん。里緒奈ちゃんもお疲れ様」

 恋姫たちからも『終わりました』とメッセージが入っていた。

「最後はキュートの撮影か」

「そっちは急がなくていいの? Pクン」

「うん。もうキュートが……ほら、スタンバイできてるってさ」

 ぬいぐるみの『僕』は美香留を引っ張り起こし、メンバーとともに4階へ急ぐ。

 予想の通り、すでにキュートは着替えまで済ませていた。トレードマークのアイマスク越しに『僕』を見つけ、無邪気な笑みを咲かせる。

「あっ、お兄ちゃん!」

「おはよう、キュート。もう来てくれてたんだね」

「うん! これ、早く着たくってぇ」

 ゲーム情報誌のコスプレ企画ということで、本日のキュートは美々しい女騎士に扮していた。得物のレイピアで半円を描きつつ、紋章入りのマントを靡かせる。

「その剣、あまり振りまわさないようにね」

「はぁーい」

 ゲーム情報誌は小学生も読むため、お色気は控えめに。

(あの夜って、本当に何があったんだ? ど……どこまでしちゃたんだろ?)

 妹の柔らかい感触を今にも思い出せそうで、『僕』は煩悶とする。

 そんなダメすぎる兄の前で、キュートが笑みを弾ませた。

「見ててね、お兄ちゃんっ! きゅーとの可愛いとこ」

「も、もちろん……頑張ってネ」

 可愛い妹に嬉しさが半分、戸惑いも半分。

(美玖……なんだよなあ)

 この懐っこい女の子と、普段の素っ気ない妹が、どうしてもイコールで繋がらない。

 正体を知るのは『僕』だけ――とは思うも、それも怪しかった。本当は暗黙の了解というやつで、里緒奈たちやスタッフもとっくに勘付いているのではないのか。

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