第214話

 得意の魔法を介して、『僕』は菜々留と恋姫にテレパシーを送る。

(ふたりとも、聞こえる?)

(あ……はい。P君がお話してるんですね)

(わかってるわ。ミカルちゃんのこと、でしょう?)

(うん。強がってる部分は刺激しないように、フォローしてくれるかな)

 我ながら小難しい注文になってしまった。

 それでも菜々留は頷いてくれる。

(Pくんは女の子の気持ちに疎いものねえ。了解よ、ナナルが手伝ってあげる)

(疎いというより鈍……いえ、デリカシーがないのよ。P君は)

 そして恋姫とは、いつ分かりあえるのだろうか。

 その頃には撮影の準備も完了し、スタンバイに入っていた。『僕』は美香留を伴い、少し距離を取ったうえで撮影を見守る。

「なんかミカルちゃん、ドキドキしてきちゃったかも……」

「あとで美香留ちゃんにも頑張ってもらうからね。撮影のお仕事」

 ちなみに今の『僕』は周囲に『人間の男性』と認識されていた。毎日顔を会わせるわけではない相手には、そのほうが効率がよい。

「それでは始めまーす!」

 間もなくCMの撮影がスタートした。

 菜々留も恋姫も一年以上アイドルを続けているだけあって、この手の仕事はこなれたもの。カメラを間違えることもなく、コンテの通りに撮影を消化していく。

「恋姫ちゃん、もっとスカートをフワッと! できる?」

「これくらいですか?」

「そんな感じ! 菜々留ちゃんはもう少しだけ2番カメ寄りに……そうそう!」

「大体の感覚は掴めてきたわ。次で決めちゃいましょ、恋姫ちゃん」

 もちろん本日の撮影に備えて練習もした。

 おかげで八割方はできている段階で始まり、収録はスムーズに進む。何かあっても、プロデューサーの『僕』がわざわざ口を挟むまでもない。

「菜々留、モデル歩きになってるわよ。もっとナチュラルに」

「ごめんなさい。カメラの前だとつい、ね」

 数回に及ぶリテイクも、よりクオリティを上げようという前向きなものとなった。

 スタッフのひとりが『僕』の傍で感心する。

「いやあー、SHINYもアイドルが板についてきましたね。去年はもっとシャイPに頼りっ放しで……まあ、それが初々しくもあったんですけど」

「いえいえ、みなさんのサポートあってのものですから。ありがとうございます」

 そう謙遜しつつ、プロデューサーの『僕』も手応えを感じていた。

 菜々留も、恋姫も、目に見えて動きがよくなっている。以前は『僕』の指示待ちだった部分も少なくなり、自ら収録を率先できるほどに。

「ここで腕を組んでみるのはどうかしら?」

「なるほど……ふたりの後ろ姿がより印象深くなりそうだね」

 『僕』のような保護者が付き添わなくても、今日の分は自分たちでこなせるだろう。

「そろそろ行こうか。美香留ちゃん」

「あ……うん」

 『僕』は美香留を連れ、第一スタジオをあとにする。

 その足で第二スタジオへ入る頃には、そちらの準備も完了しつつあった。

 先発の里緒奈が『僕』たちを急かす。

「遅いったら、Pクン、美香留ちゃんも!」

「ごめん、ごめん。っと、今から着替えるところ?」

 『僕』はぬいぐるみの手で美香留の背中を叩いてやった。

「出番だよ、美香留ちゃん。里緒奈ちゃんの言う通りにすれば大丈夫だからさ」

「えっ? う……うん! おにぃ……じゃなくって、え、ええっと……」

 けれども美香留は不意打ちでもされたように戸惑い、言葉を噛む。

(里緒奈ちゃん、今日は美香留ちゃんのこと頼むよ。僕もフォローするけど)

(初めてのお仕事だもんね。まっかせて!)

 『僕』と里緒奈はアイコンタクトを交わしつつ、それぞれの仕事に手をつけた。

 マネージャーの美玖と交替して、スタッフと打ち合わせを進める。

「ありがとう、美玖。あとは恋姫ちゃんたちのほうを見て……特に問題ないようなら、先にシャイニー号へ戻ってていいからさ」

「了解。それじゃ」

 美玖はタブレットを『僕』に渡すと、すぐに第二スタジオを出ていった。

(キュートに変装するっぽいなあ)

 今後の活動のためにも、妹とキュートが入れ替わるチャンスは、何パターンか用意しておいたほうがいいかもしれない。

 里緒奈と美香留がスポーティーなスタイルで戻ってきた。

「おっまたせ! Pクン」

「お、おにぃ……あっ、Pにぃ! これどお?」

 裾が長めのトレーナーと、スパッツに近いショートパンツ。一見すると地味なコーディネイトだが、それだけに素材のよさが引き立つ。

「うんうん! ふたりともいいね、よく似合ってる!」

 タブレットを片手に『僕』は快哉をあげた。

「ブルマバージョンも別で撮りたいくらいだよ。むふふっ」

「心の声が駄々洩れよ? Pクン」

 この姿では感情の揺れが大きすぎるのがいけない。特に喜怒哀楽の喜と楽が。

 美香留はトレーナーの裾を握り締め、もじもじと視線を泳がせた。

「な、なんか緊張してきちゃった……かも」

 それを同じ恰好の里緒奈が励ます。

「平気、平気っ! 昨夜も一緒に練習したじゃない」

「う、うん……できるとは思うけど」

 そんな美香留の様子に、駆け出し時代のSHINYを思い出さずにはいられなかった。

「里緒奈ちゃんなんて初めての撮影で、衣装を前と後ろ逆に着ちゃったんだぞ?」

「ちょっ、Pクン? 言わないでったら!」

 先輩風を吹かせていたはずの里緒奈が、俄かに赤面する。

 当然『僕』に里緒奈をからかうつもりはない。

「菜々留ちゃんもよく台詞を間違えてたし。恋姫ちゃんだって、カメラのない方向にピースしたり……ね。みんな、それくらいのミスは経験してきてる」

 プロデューサーとしての『僕』の話を、美香留は真剣な面持ちで聞いていた。

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