第213話

 間もなくシャイニー号はスタジオへ到着した。

 いの一番に里緒奈が宿題を中断し、シャイニー号を飛び出していく。

「Pクンも早く、早くっ!」

 本日の仕事はCMの撮影や雑誌のモデルなど、メンバーごとにバラつきはあるものの、このスタジオひとつで消化できるように段取りを組んでおいた。

「CM撮影は二本とも3階で、ゲーム雑誌のほうは4階で……だね」

「一時間ずつずらしてあるのね。こういう要領のよさだけはさすがだわ、兄さん」

 もちろん魔法を使ってこそのスケジューリングだ。

 まずは恋姫と菜々留でお菓子のCM撮影から。

「美香留ちゃんも見学に行こうか。里緒奈ちゃんは悪いけど、美玖と先にスニーカーのCMのほうに行ってくれる? 美香留ちゃんもなるべく早めに連れていくから」

「オッケー。こっちはリオナに任せて」

「マネージャー判断で進められる分は進めておくわ」

 先輩アイドルとして、里緒奈は自信満々に胸を張った。

 しかしマネージャーの美玖は何か気掛かりなことがあるのか、足を止め、プロデューサーの『僕』にだけ小声で釘を刺す。

(兄さん。美香留に元の姿は見せないで)

(え……今?)

(お仕事中だけの話じゃなくて。ややこしいことになりそうだから)

 SHINYのメンバーで新参の美香留は、まだ『僕』の本当の姿を知らなかった。

 勇者似の『僕』が実は冴えない男子……となっては、がっかりするだろう。美香留のモチベーションを下げる真似は、『僕』とて本意ではない。

(わかったよ。気をつける)

(お願いね。その件は別にして、美香留のことも)

 何だかんだで美玖も美香留のことが心配らしかった。

 『僕』は恋姫と菜々留、それから初参加の美香留を連れ、第一スタジオへ。

「おはようございまーす!」

「SHINYです! みなさん、本日はよろしくお願いします!」

 アイドル活動はいつだって元気な挨拶から始まる。

「おっ、早いねえ。こちらこそよろしく」

「恋姫ちゃんと菜々留ちゃんには早速、着替えてもらえるかな。安藤さーん! 控え室のほうに案内してあげて」

 大忙しにもかかわらず、スタッフ一同も『僕』たちを快く迎えてくれた。

 たかが挨拶と侮ってはいけない。初対面なら当然、馴染みのある相手でも、気持ちのよい挨拶でスタートできるのは嬉しいもので。こういったアピールがスタッフのモチベーションを高め、信頼関係の構築にも繋がる。

(魔法じゃだめなんだよなあ……)

 確かに魔法であれもこれも誤魔化すことは可能だろう。

しかしそれをやってしまっては、観音玲美子の『魔法』には絶対に届かない。だから『僕』は魔法の使用をサポート程度に留めつつ、里緒奈たちの頑張りに期待した。

「それじゃあ、ナナルたちは行ってくるわ」

「覗いたりしないでくださいね」

「しないってば!」

 菜々留と恋姫は着替えるため、控え室へ。

 ここでは出番のない美香留は、きょろきょろしてばかりいる。

「CMの撮影って、どのカメラで撮るの? おにぃ……じゃなかった、Pにぃ」

「全部使うんだよ。これがコンテってやつでさ」

 スタッフのほうも新メンバーの美香留を意識している様子だった。

 何しろキュートが加入したばかりにもかかわらず、昨日の今日で五人目のメンバーが出てきたのだから。好意的なものとはいえ、ひそひそと噂話も聞こえてくる。

「あの子がSHINYの大型新人? やっぱ可愛いよねー」

「シャイPって、どこから見つけてくるんだろーなあ? ほらMOMOKAの時も、オーディションはやらなかったらしいじゃん?」

 能天気な美香留もさすがに気後れしつつあった。

「Pにぃ、なんか……さっきからミカルちゃん、注目されてない?」

「最初だけだよ。キュートもすぐに馴染んじゃったし」

 むしろ正常な反応だと、『僕』は安心する。

 イトコの美香留はマギシュヴェルトで生まれ育ったため、こちらの世界には慣れていなかった。せいぜい『僕』や美玖のもとで何度かホームステイした程度だ。

(こっちの四季は初めてだろうから、体調管理も気をつけてあげないと……) 

 つまり彼女にとって、今の状況はアウェイも同然。

 ただでさえ不慣れな世界の、ただでさえ未体験の芸能界で。ここへ来るまでは息巻いていた美香留も、だんだんと不安の色を帯びていく。

「気負わなくていいからね、美香留ちゃん」

「で、でも……アイフェスまで、あと三ヶ月もないんっしょ?」

「その後もアイドル活動は続くんだ。焦ることないさ」

 果たしてプロデューサーの『僕』がどこまで彼女を支えられるか。

「で……どんなお菓子のCMなの?」

「ノノコの山とトケココの里、あるでしょ? あれの抹茶味が出るんだ。……と、お仕事の中身は絶対、余所で喋っちゃいけないぞ? 美香留ちゃん」

「美玖が言ってた『守秘義務』ってやつぅ?」

 しばらくして、ふたりのアイドルが装いを新たに戻ってきた。菜々留も恋姫もガーリーチェックのワンピースで、清楚かつ落ち着きのある雰囲気をまとっている。

「タケノコのきぐるみじゃなくて、よかったわねえ」

「ほんと……キノコのきぐるみじゃなくって」

「まだ僕が昔、みんなにソフトクリームの格好させたの、根に持ってるの?」

「「持ってるわ」ます」

 CMの主役はお菓子ということで、衣装のほうは色彩を抑え気味にしたらしい。それでも正統派のお嬢様スタイルが、ふたりの魅力を引き立てる。

「うわあ……っ!」

 新入りの美香留が感嘆の声を漏らした。

「ミカルちゃんもあとでこーゆーの、着るんだ?」

「スニーカーのCMだからスポーツウェアになるけどね。そっちも可愛いぞー」

「そっか、ミカルちゃんも……」

 不安に押され気味だった期待が、少しは持ちなおしたらしい。

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