第211話

 SHINYのメンバーはお昼で早退し、アイドル活動へ。

 現地へはシャイニー号でひとっ飛びだ。普通のひとには影さえ見えず、レーダーの類に引っ掛かることもない。それでいて乗り心地は揺れもなく、すこぶる快適。

 この移動手段こそが、SHINYの活動を支えているといっても過言ではなかった。

 通学にしろ、通勤にしろ、その所要時間はかなりのロスとなるのが普通だ。

 例えば『電車で30分』といっても、実際は駅まで歩いたり、また駅から歩いたり、ホームで待ったりする分を合わせると、一時間は優に超える。

 片道30分のはずが、往復にして二時間。ロス以外の何物でもない。

 しかしSHINYの場合、学校が隣なので通学時間はほぼゼロ。アイドル活動もシャイニー号で一直線に急行できるため、ロスが少ない。

 その分を仕事にまわせるのは無論のこと、勉強や休息に当てることもできる。

 おかげでSHINYは時間を有効的に活用し、学業とアイドル活動の両立を苦にすることもなかった。健康を維持しつつ仕事も増え、一石二鳥どころか三鳥、四鳥。

「今日の収録は少し先に流すやつだから、美香留ちゃんも頑張ってね」

「いいのぉ? 美香留ちゃん、見学かと思ってた~」

 本日はCMの撮影が二本と、ゲーム情報誌のモデルの仕事だった。

「スニーカーのCMは里緒奈ちゃんと美香留ちゃんで。お菓子のほうは恋姫ちゃんと菜々留ちゃんだぞ。それからゲーム雑誌のは……キュートがメインなんだけど」

「もう現地で待ってるんじゃない?」

 キュートはまだ合流していないものの、里緒奈は平然と笑ってのける。

 マネージャーの美玖はノートパソコンで情報を更新中。

「キュートのことは心配しないで。それより美香留、いきなり仕事で大丈夫?」

「平気だってば。キュートなんて、ライブでデビューだったんしょ? これくらいのお仕事で、ミカルちゃんだけ出遅れてられないも~ん」

 美香留は初めての仕事にモチベーションを高めていた。今朝の勝負(穿いてない件)は尾を引いていないようで、『僕』は安心する。

「里緒奈ちゃん、先輩として色々教えてあげてよ。撮影のこと」

「まっかせて! 美香留ちゃん、まずはリオナがお手本を見せてあげるわ」

 やや上から目線の発言だが、美香留も素直に頷いた。

「おにぃに少し聞いたけど、カメラアピールとか、いまいちわかんなくって……」

「僕もフォローするよ。今日は撮影の空気に慣れるくらいでいいからネ」

「P君のアシストがあれば、美香留も大丈夫よ。きっと」

 と、恋姫もフォローの言葉を繋いでくれる。

 その手が鞄の中から一度はコテコテの少女漫画を取り出すも、引っ込めた。何事もなかったように数学のテキストを出しなおして、お膳に広げる。

「それより、こういう時間こそ活用しないと。美玖のクラスも宿題出たんでしょう?」

「多分同じ課題だと思うわ。ミクも今のうちに片付けるつもり」

 クラス委員の美玖もノートパソコンで作業がてら、本日の課題を並べた。ところが、その中にも漫画が混ざっており、妹は虚数の彼方へ目を逸らす。

「……これはね、違うの。里緒奈の漫画が紛れ込んでただけで……」

「その言い訳、リオナに酷くない?」

「趣味のことなら、Pくんにもバレちゃったんでしょう? もう無理に隠さなくてもいいんじゃないかしら」

 むしろ今の今まで気づかなかった『僕』も大概かもしれない。ケータイも、鞄も、キーホルダーも、妹の持ち物は必ずオタク趣味で彩られているのだから。

 当然、恋姫や菜々留も妹の趣味について知っている。

 一方で、美香留は瞳をぱちくりさせていた。

「美玖って、そーゆうのが好きなのぉ?」

 ばつが悪そうに口ごもる美玖。

「い……いいでしょ? 趣味なんてひとそれぞれで……」

「うん、それは構わないんだけどー。なんか女の子が読む漫画……には見えなくってぇ」

 どうやら美香留は一瞬のうちにしっかり網膜に焼きつけてしまったようで。

「男の子向けってゆーか……キュートとおんなじ? みたいな?」

「「ギクッ」」

 わかりやすすぎる共通点を指摘され、『僕』と美玖は息を飲む。

「み……美香留ちゃんは詳しいの? 漫画」

「スポーツものはよく読むよ。ねえねえ、おにぃは?」

「え? えぇと……」

 しかし『僕』が口を挟むと、美香留は美玖への質問など忘れたかのように『僕』だけを見詰めてきた。この妹、『僕』に興味津々。

「ま、まあ……恋愛ものが多いかな? 恋姫ちゃんと同じ……」

「同じ恋愛カテゴリで一括りにしないでください。レンキが読むのとP君が読むの、読者の性別がまるっきり違うじゃないですか」

「あらあら、恋姫ちゃんったら。そこまで強情に否定しなくてもいいのに」

 ちなみに菜々留はミステリー、里緒奈はバトル漫画を好む。

 そして美玖(キュート)は決まって魔法少女か変身ヒロインものだった。ジャンルでいうなら『僕』の嗜好に近い。

 美香留がにやにやと笑みを含める。

「そっかあ! だからユニゾンヴァルキリーのコスプレは美玖ちゃんも、なんだね。美玖ちゃんってばマネージャーなのに、それ、職権乱用ってやつぅ?」

「うっ」

 漫画一冊からものの見事に図星を突かれ、マネージャーはまたも声を詰まらせた。

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