第210話

 それに美香留と美玖(キュート)は今後、同じSHINYのメンバーとして一緒に仕事をしていくことになる。プロデューサーとしてもこの不協和音は無視できなかった。

「わかったよ。そこまで勝負したいなら、舞台を整えてあげようじゃないか」

 ふたりの妹は一旦気持ちを鎮め、『僕』の仲裁を受け入れる。

「そう来なくっちゃ! おにぃ、わかってるぅ!」

「ミクも勝負することに異論はないわ。それで……勝負の方法は?」

「えっと……」

 しかし問題はここからだ。

 まず『魔法で対決』はさせられなかった。妹の美玖は魔法が達者な一方で、美香留は魔法全般を一切合切、使うことができない。

 かといってスポーツで対決となっては、運動神経が抜群の美香留に分がありすぎて、不公平な結果に終わる。

 シホが冗談めかして口を挟む。

「おっぱいで押し相撲とかいいんじゃない? ふたりのサイズならさあ」

「怒るわよ? シホ」

 勝負の方法としてはいささか間抜けなアイデアだ。

 けれども『僕』には妙案に思えてくる。

「悪くないかも。そのうち体操着がずれてポロ……じゃない、それなら美玖と美香留ちゃん、同じ条件で戦えそうだしさ」

「え……おにぃ、本気で言ってんの?」

「まあ面と向かってやるのは気まずいだろうから……うん、お尻で」

 妹の必殺シャイニングウィザード(膝蹴り)が飛んできた。

「兄さんをボールにしたサッカーでもいい気がするんだけど?」

「ちょっ、ま!」

 間一髪でそれをかわし、『僕』はシホの背後に隠れる。

 格好悪いなどと思ってはいけない。魔法使いの『僕』とて妹の延髄蹴り(ゲージ消費)は恐ろしいのだから。レベルを上げた物理で殴られるのは。

「け、怪我でもしたら、アイドル活動にだって差し支えるでしょ? 喧嘩させてあげるから、ルールは守ろうねって話!」

「すごい、P先生……言ってることがヘタレすぎて、逆に尊敬……」

「ミカルちゃんはそれでいいよん。お尻相撲でも、何でも」

 ひとまず、取っ組み合いのキャットファイトは回避できたか。 

 それでも『僕』は一抹の不安を禁じ得なかった。お尻相撲だって、激突の瞬間は痛いんじゃないか? 怪我だってするんじゃないのか?

「ただし僕を間に挟んで、クッションにすること。いいね? ふたりとも」

 何も間違ったことは言っていないのに、妹がドス黒い殺意を漲らせる。

「ミキ、シホ、マコ。わかったでしょ? その生き物は筋金入りの変態だってこと」

「え~? P先生の言う通りじゃん。クッションがないと絶対、危ないってー」

 幸いにして一組の女子が常識的な判断をしてくれたおかげで、ルールは『僕』の指示した通りになった。

「ミカルちゃんはいいけど。美玖ちゃん、何がそんなに嫌なわけ?」

「……わかったわよ。やればいいんでしょ、やれば」

 マットを厚めに敷いた上で、ふたりの妹がブルマのお尻を向かい合わせる。

 その間にぬいぐるみの『僕』が割って入り、カウントダウン。

「これで恨みっこなしだぞ? 3、2、1……スタート!」

 次の瞬間、左右から丸いお尻が襲い掛かってきた。

 コマンドは『←タメ→+攻撃』に違いない。

「ええーいっ!」

「こうなったら……勝つしか!」

 妹たちの曲線が『僕』の顔越しに真っ向から激突する。

「んぶっびゃらぶ?」

 お正月につかれる餅の気持ちがわかってしまった。『僕』の身体がぬいぐるみでなければ、骨の一本や二本は砕けていたかもしれない。

 ふたりの力が一点で拮抗する。

「こ、こんのお……っ! 意外にやるじゃん? 美玖ちゃん!」

「こっちの台詞よ。最初の一撃で、はあ、決めるつもりだったのに……!」

「ふもっおごぉ?」

 見た目こそお尻とお尻だが、ふたりは今、棒と棒を一点集中で突き合わせているのと同じ状態にあった。

 とにかく力を加え続けないことには、角度がぶれ、すれ違ってしまうだろう。

 お尻を引っ込めることで相手の転倒を狙うフェイントも、自滅のリスクが高すぎる。ゆえに拮抗。体力の続く限り、押すしかないのだ。

 しかし間の『僕』になまじ柔軟性があるせいで、その均衡は崩れた。

「これならどうっ?」

 美玖が先手を取り、ラッシュを仕掛ける。

 対する美香留も持ち前の運動神経を活かして、連打で応戦。

「それくらい! どうってことないってば!」

「どうっふぇことありゅうぅう~~~!」

 勝負は『僕』の顔面越しに苛烈な乱打戦へともつれ込む。

 いくら関係が冷めきっている妹でも、まさか容赦なしに『僕』の後頭部にお尻を叩きつけてくるとは思わなかった。しかも真正面から、美香留の食い込みも迫ってくる。

「んばぶうっ?」

 ブルマのお尻に頬擦りする余裕などあるものか。

 女子プロレスでもヒッププレス同士で激突するなど、まずないだろう。一瞬でも『妹ブルマ』という禁断のワードに心を躍らせてしまった、数分前の己を悔やむ。

 そんな中、ふと『僕』は気付いてしまった。

 このブルマ越しに感じる、お尻の張りのよさと、豊かな弾力。間違いない。

「みっ、美香留ひゃん? なんれ……なんでパンツ、穿いてないのぉ?」

「……えっ?」

 その指摘に美香留のみならず、美玖も動きを止めた。

 一対のベクトルは奇跡的に安定し、『僕』にすーはーするだけの余裕を与える。

「穿いふぇないよね? これ……美香留ちゃんのブルマ、じか穿き……!」

 みるみると赤面する、初心な美香留。

 マギシュヴェルトの学校にはブルマがなかったため、知らなかったらしい。

 ブルマはパンツの上から着用することを。

「き――きゃああああっ! おおっ、おにぃのバカ!」

 美香留は慌てふためき、全力で逃げていった。

 美玖のほうはブルマの上から『穿いている』のを確かめ、安堵する。

「よかった……ミクの勝ちね。それで? 今のは兄さんが仕組んだことなの?」

「違うってば! ほんと勘違い! 美香留ちゃんが自爆しただけ!」

 こうして今回の勝負は、美玖の勝利で幕を降ろすことに。

 もちろん、この件は恋姫や菜々留たちの耳にも入り、『僕』は仕込みを疑われることになるのだが。じか穿きブルマの魅力もそろそろ認められていい気がする。

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