第209話
しかし意外にも恋姫が助け舟を出してくれた。
「ファンも美玖の出演を喜んでくれてるみたいだし、いいんじゃないかしら? キュートもその仮面を外すわけにはいかないんでしょう?」
「う、うんうん! コスプレはしたいけど、ちょっと……ねー」
素顔がNGなら、コスプレに参加できないのも頷ける。キュートとともに『僕』も胸を撫でおろしつつ、恋姫の采配に感謝した。
里緒奈は俄然ヤル気になる。
「じゃあ、美香留ちゃんは特訓しないとねー? Pクン」
「あー、うん。当面はハードなスケジュールになりそうだけど……美香留ちゃんには頑張ってもらうしかないか」
「なになに? ダンスでもアクションでも、ミカルちゃんに任せてっ!」
新メンバーを特訓――そのはずが里緒奈に続き、恋姫や菜々留も美香留から物理的に距離を取ってしまった。
(……あれ? なんだろ、この空気……)
キュートは席を外し、早足でゲートのほうへ。
「お兄ちゃん、キュートが美玖ちゃんを呼んできてあげるね」
「そう? じゃあお願いしようかな」
「……なんか、すっごい地雷の上に立たされてる気がするんだけど……」
数分後、マネージャーの美玖が意気揚々と戻ってきた。
「話はキュートから聞いたわ! 美香留に『聖装少女ユニゾンヴァルキリー』の一期を通しで見せればいいんでしょう? 兄さん」
今になって『僕』も確信する。
生粋のアニメファンが、推しのアニメを布教できるチャンスに舞いあがらないはずがない。里緒奈たちが距離を取るのは、巻き添えを恐れてのこと。
『僕』とて水を差す気にはなれなかった。
「に、二周くらいで勘弁してあげてよ? あとダイヤのシーンを重点的に……」
「わかってるったら。ほら、美香留! 全巻持ってきたから」
「ちょ……ちょっと? え? 全巻って……」
「面白いんだから、6時間くらいあっという間よ。こっちのは漫画版で、ドラマCDはこれね。日付が変わるまでには一周できるわ」
ようやく美香留も己の窮地を察したか。
「ま、待って? ミカルちゃん、今からカーテン買いに……」
「そんなのあとよ、あと。カーテンとユニゾンヴァルキリー、どっちが大事なの?」
妹は趣味においてこんなにも逞しいのに、どうして『僕』は最近まで知らなかったのだろうか。我ながら淡白な兄妹関係が恥ずかしい。
「そうね……復習がてら、兄さんも一緒に観ましょうか」
「エッ?」
「プロデューサーだもの。里緒奈たちに解説できるくらいでないと」
そうこうしているうちに逃げ損ねる、哀れな『僕』。
おかげで、新メンバーの美香留とは少し距離が縮まった……かもしれなかった。
☆
昨晩は精も根も尽き果て、いつの間に寝たのかも覚えていない。
「さすがに1クールぶっ通しはキツかったなあ……」
寝惚け眼を擦りつつ、ぬいぐるみの『僕』はS女の体育館で朝から指導に励む。
本日の体育は前回と同じく、跳び箱とマット。一年一組の面々が紺色のブルマを無防備かつ蠱惑的に食い込ませる。心が洗われるかのようだ。
(二年のエンジ色や三年の紫もいいけど、やっぱりブルマは紺色だなあ……)
スクール水着といい、紺色はJKと抜群に相性がよい。柔肌とのコントラストがそう思わせるのだろうか。
「無理に跳ぼうとしないでネ。シホちゃん」
「はーい!」
指導の甲斐あって、水泳部のトリオもすっかり上達している。
ほかの女子も和気藹々と体育を楽しんでいた。『僕』の授業は基本的に生徒の自主性を重んじるため、こういった個人競技の授業なら、各々のペースで参加できる。
ところが、その中で火花を散らす二名の女子が。
「勝負よ、美玖ちゃん! どっちがおにぃの妹か、今日こそ白黒つけたげる!」
「別に兄さんのことなんてどうでもいいけど……目の敵にされるのって、癪なのよね」
昨日は一緒にアニメを観賞したイトコ同士のはずなのに、今日のふたりはライバル然と睨みあっていた。
美香留としては六時間も視聴レースに付き合わされた、昨夜の分の仕返しも含めているのだろう。一方で、美玖も腹に据えかねているものがあるようで。
「ユニゾンダイヤの覚醒シーンで寝落ちするなんて、万死に値するのよ。兄さんさえ夢中になって観てたくらいなのに」
「いや、それはそうだけど……喧嘩に僕を巻き込まないで欲しいっていうか」
「おにぃだって疲れてたの、わかんないわけ? このアニメオタクっ!」
「ま、まあまあ……みんなも驚いてるじゃないか」
今朝からずっとこの調子で、『僕』もはらはらするばかり。
(美香留ちゃんはまだ授業に出なくていいのに、体育だけ出て来ちゃうんだよなあ)
念のため、『僕』は認識阻害の魔法で、一年一組の女子全員に美香留のイレギュラー性を誤魔化してはいるものの。
どうやら美香留にとって、体育は美玖と正々堂々と戦えるチャンスらしい。美玖に勝てば、次はキュートと再戦できる可能性もあるわけで。
見かねたらしい水泳部のトリオが、『僕』に提案した。
「P先生ぇ、いっそ勝負させてあげたら?」
「だよねー。面白……どっかで形つけないと、ずっとあの調子だし?」
「面白そうって言おうとしなかった? したよね、今?」
興味本位の提案なのは間違いない。しかし埒が明かないのも事実だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。