第207話
――と、『僕』は聞いていたのだが。
里緒奈や恋姫は途中で寝落ちし、キュートは大きな欠伸を噛む。
「ふあ~あ……」
菜々留に至っては、暇潰しにケータイで遊んでいる始末だ。
「……あら、お話は終わったの?」
美香留は椅子に座ったままで地団駄を踏む。
「なんで寝ちゃうの、退屈そうなのっ? ここからが面白いとこなのに~!」
だからこそ、あえて『僕』ははぐらかさずに突っ込んだ。
「いや、あの……美香留ちゃん? 言いにくいんだけど……女の子にはまったく響かないシチュエーションだと思うよ? それ。あとレッドが最後なのも……なあ」
「そ、そんなあ……」
がっくりと肩を落とす、ヒーロー信者。
この『僕』を伝説の勇者と慕ってくれるだけあって、美香留はヒーローに憧れている。しかしその情熱は、メンバーには1ミリと伝わらず。
世間一般の女の子は特撮ヒーローやロボットに関心がないのだから、当然のこと。
「ファンの男の子にとっても微妙じゃないかなあ。いかにもイロモノっていうか……SHINYは正統派のアイドルだからさ」
「世界制服のどこが正統派なんですか? P君」
「セーラー服は何よりも正統に決まって……ちょっ、伸びる! また伸びるから~!」
残念ながら『僕』の苦悶もメンバーには1ミリと伝わらなかった。ぬいぐるみの顔は十センチも横に伸びたが。
「むぐぐ……いいかい? 恋姫ちゃん。セーラーの襟は『いかむね』と言って……」
「要するにPくん、美香留ちゃんのアイデアはボツってことね」
「だったら菜々留ちゃんは、どんなのがいいわけ?」
改めて、次は菜々留がアイデアを披露する。
SHINYのライブは今日も大盛況。
「こんにちはー! ミカ」
「みんな、まだ行けそう? もちろんアンコールしてくれるんでしょ?」
里緒奈の一声が会場のボルテージをうなぎ登りにする。
「ミカルちゃんでえーっす! 今日から」
「それじゃあラストも『シャイニースマイル』で! みんなも声出してーっ!」
優等生の恋姫も興奮気味に快哉を叫んだ。
「SHINYに加入することになったの。よろし」
「行くわよ、里緒奈ちゃん、恋姫ちゃん、キュートちゃんも!」
「せーのでジャンプだね。せーのっ!」
ファンも一緒に跳躍して、ビッグウェーブを起こす。
「よろしく~!」
「異議あり! 異議ありまくりだってば、もう!」
とうとう我慢ならなくなったらしい美香留が、声を荒らげる。
「ミカルちゃん全然目立ってないじゃん! それのどこが新メンバー?」
対し、菜々留はいつもの間延びした口調で平然と。
「サブリミナル効果」
「おにぃ~! ミカルちゃん、SHINYで仲良くやってける気がしないんだけど?」
「グエッ?」
美香留の熱烈な抱擁でぬいぐるみの首が締まりそうになる。
菜々留は思案げに瞳を上へ転がす。
「じゃあ……まずソロデビューしてから、合流とか?」
「加入する前に卒業させないでよおっ!」
菜々留を見ていると、痛感させられることがあった。天然もとい腹黒は恐ろしい。
やっと眠気を振り切ったらしい恋姫が、淡々と菜々留を窘める。
「だめよ、菜々留。レンキたちが今こそ美香留を必要にしてるっていう、強い理由づけがないといけないんだから」
「「れ、恋姫ちゃん……!」」
美香留も『僕』もその言葉に感動を禁じえなかった。
「聞かせてやってよ。みんなに恋姫ちゃんの素晴らしいアイデアを!」
「はい。レンキだったら……そうですね」
期待を胸に耳を傾ける。
SHINYがガールズバンドに転向するには、メンバーが足らなかった。
恋姫はキーボード、菜々留はベース、キュートはギター、里緒奈はドラム。ところがここに来て、肝心のボーカルが決まらない。
「リオナたち、演奏で手がいっぱいよ? どうするわけ?」
しかし不安げなメンバーをよそに、恋姫は自信に満ちていた。
「ボーカルが必要ね。けど……P君、切り札は用意できてるんでしょう?」
「やれやれ。やっぱり恋姫ちゃんにはお見通しか」
プロデューサーの美男子がはにかむ。
「ボーカルならいるとも。この子がSHINYの新メンバー、美香留ちゃんだ!」
「ミカルちゃんでぇーっす!」
美香留はステージへ飛び込むと、マイクをトリガーのごとく握り締めた。
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