第206話

 しかし妹の美玖は今、ここにいるわけで。

「ええっと……キュ、キュートはどう? 美玖も一緒のほうがいい?」

 妹はアイマスクの中で視線を乱反射させながら、何とか有耶無耶にしたがる。

「美玖ちゃんはしっかりしてるしぃ……お、お兄ちゃんにパンツ盗られた件、まだ許してないと思うなあ、きゅーと」

 恋姫の瞳が刃物のように細くなった。

「サイテーですね」

(違うんだよ、恋姫ちゃん! あれは事故で!)

 と声を大にして訴えたいが、美香留の前で取り乱すわけにもいかない。かえって美香留に、妹のパンツを盗んだものと誤解されかねない可能性も踏まえて。

 その美香留が、断固として主張した。

「ミカルちゃんは反対だかんね? おにぃと美玖ちゃんは一緒に住んじゃだめっ」

 『僕』たちは食事の手を止め、きょとんとする。

「……なんで?」

「そんなの赤ちゃんができてからじゃ、手遅れっしょ?」

 ちょっと何を言っているのかわからなかった。

「……」

 里緒奈や恋姫も呆気に取られ、言葉を失っている。

 微妙な沈黙の中、キュートがわざとらしい咳払いで仕切りなおした。

「こほんっ。そ、そーいうわけだから? お兄ちゃん、美玖ちゃんは呼ばないでね」

「あ、うん……」

 釈然としないものを感じつつも、『僕』は受け身で了解する。

 とりあえず美玖の扱いについてはキュートも美香留も同じ意見らしい。これまで通り、『僕』が時折フォローするスタンスでいれば充分だろう。

「さてと。あとはどうやってファンのみんなに、美香留ちゃんを紹介するか……」

 プロデューサーの神妙な言葉にSHINYのメンバーが表情を引き締めた。

「そうねえ、先日もキュートちゃんが加入したばかりだもの。よほどのインパクトがなくっちゃ、美香留ちゃん、デビューと同時に立場がなくっちゃうかも」

「え……ほんとに?」

 まだまだ新人の美香留には実感の湧かない話らしい。

「美香留ちゃんの好きなヒーロー物だって、新キャラの登場は色々盛り込むでしょ?」

「あー、そっか。今の喩えでわかったかも」

 実のところ、キュートの電撃デビューも幸運に助けられた部分が大きかった。

 新メンバーをプッシュすればするほど、従来のメンバーは出番を奪われる。逆に従来のメンバーに配慮しすぎては、新メンバーの存在意義が薄れる。

 最悪のパターンは新メンバーが悪目立ちしてしまい、グループのイメージが大幅にダウンすることだ。ファンの目には見苦しい『テコ入れ』にも映り、人気の下落を招く。

(キュートはマネージャーで関わってたから、成功の見込みがあったわけだけど……美香留ちゃんは未知数だからなあ)

 これにはプロデューサーの『僕』も頭を悩ませるほかなかった。

「参考までに、みんなはアイデアある? 新メンバーの登場シーンについて」

「はいはーいっ!」

 いの一番に手を挙げたのは、当事者の美香留。

「おにぃ、こーいうのはどお? 絶~っ対、盛りあがると思うんだ」

 『僕』たちは押し黙り、彼女の作戦に耳を傾ける。


 悪の組織との戦いが本格化して、三ヶ月が過ぎただろうか。

 輝き戦隊シャイニージャーは四天王のダークロードとの決戦に挑むも、力及ばず、敗色の様相を呈しつつあった。

「くうっ……まさかダークロードが、こんなにも強かったなんて……」

 と、シャイニーブルー(里緒奈)が呻きを漏らす。

 シャイニーイエロー(菜々留)は倒れ、もはや起きあがるだけの気力もなかった。

「これまでの敵と格が違いすぎるわ……こ、このままじゃ……」

 シャイニーグリーン(恋姫)やシャイニーブラック(キュート)も、すでに戦意を喪失しかけている。

「て、撤退しましょう! みなさん!」

「もう遅いよ、グリーン。戦闘員があんなにたくさん……」

 数多の戦闘員に包囲までされ、シャイニージャーは絶体絶命の窮地にあった。

「ワハハハ! 年貢の納め時だぞ、シャイニージャーよ。やれい、戦闘員ども! やつらの鼻先でありったけの納豆をかき混ぜてやるのだ!」

「キイーッ!」

 ところが、そこへ勇ましい一喝。

「――お待ちなさいっ!」

 電信柱の天辺に逆光が差し掛かり、そのシルエットを浮かびあがらせる。

「何者だ? 貴様!」

「ミカルちゃんは……私は第五の戦士! シャイニーレッド!」

 紅き彩光が悪党どもをたじろがせた。

「このシャイニーレッドが来たからには、あなたの悪行もこれまでよ、ダークロード! 受けてみなさい、必殺の! シャイニー・トルネード・キィーーーック!」

「なっなんだと? この……この私があああああっ!」

 正義の跳び蹴りがダークロードを驚嘆させる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る