第205話
ただ美香留は話の内容がわからなかったようで、別のものに目を留める。
「揉み応えあるのは、おにぃのほうじゃないのぉ? ……ん?」
卓上カレンダーのフレームには一枚のプリメ。
「あれ? このひと、さっきも菜々留ちゃんと写ってなかったっけ?」
菜々留が笑顔の上半分に陰を作った。
「あらあら……里緒奈ちゃん? ややこしくなっちゃったわねえ」
「そ、そうだよ! こんなの美香留ちゃんに見られたら……」
『僕』とて説明に窮する事態だ。
にもかかわらず、里緒奈はウインクで気取った(後ろにブラジャーを隠しながら)。
「別にいいんじゃない? むしろ同じ相手のほうが。相手が違ってたら、アイドルがこっそりデートしてるみたいで後ろ暗いけどー」
『僕』も美香留もその言い分に納得しそうになる。
「まあ言われてみれば……んん?」
「いやいやいや! 菜々留ちゃんと距離を取るとか言って、これはないっしょ!」
そこにキュートが畳みかけてきた。
「里緒奈ちゃんも菜々留ちゃんも、おに……このひととは別に何でもないのっ。ふたりが勝手に舞いあがってるだけで……きゅーとも一緒に撮ったの、持ってるもん」
「へ? このひと、SHINYの何なの?」
「つっ次行こう! 次!」
嘘が下手なら変装も怪しい妹に、これ以上は任せられない。『僕』は美香留のオデコをぺちぺちと叩いて、苦し紛れに急かす。
最後は恋姫の部屋だ。
「どうぞ」
先ほどまでの物音とは裏腹に、恋姫は落ち着き払っている。
彼女の部屋はなるべく空間を広く設け、機能性を優先しつつも、ささやかな遊びを許容していた。風景画が照明の光を受け、ジグソーパズルの模様を浮かびあがらせる。
「なんていうか……恋姫ちゃんらしいお部屋だなあ」
「漫画の一冊もないのぉ?」
しかし里緒奈は抜け目なくベッドの下を確かめ、少女漫画を発見。
「うっわあ。『キスよりも抱き締めて』だって、やっらしー」
「り、里緒奈っ? せっかく隠してたのに!」
途端に優等生の面持ちは崩れ、真っ赤になってしまった。よりにもよってベッドの下を隠し場所に――どうもこの優等生、律儀に『お約束』を守る傾向にある。
ここでも美香留が問題だらけのプリメを見つけた。
「恋姫ちゃんもこのひととデートしてるんだ?」
「え? ……いえっ、そ、それは!」
恋姫が口をぱくぱくさせる一方で、キュートは癇癪を起こす。
「もうっ! 恋姫ちゃんもわざとでしょ、これ! 美香留に見せつけようとしてっ!」
「ご、誤解よ? 違うったら! その……そう、張ってることも忘れてたし?」
里緒奈は投げやりに呆れる。
「張ってる時点でアウトだってば。やっぱり大事に持ってんじゃない」
「漫画だけ片付けておいて確信犯よねえ。ナナル、見損なったわ」
もはや部屋の主はぐうの音も出ない様子で。
「うぅ……お、お兄さんのせいですよっ? お部屋の拝見なんて言い出すから!」
「それ言い出したの、僕じゃないぞ? あと片付ける時間はあげたよね?」
八つ当たりじみたとばっちりを紙一重で回避しつつ、『僕』は締め括った。
「まあお部屋訪問はこれくらいにして……」
「待ってください」
ところがぬいぐるみの『僕』を、恋姫が俯いたまま鷲掴みに。
ぐしゃあ、と。
「まだP君のお部屋を見せてもらってませんよ? 不公平じゃないですか?」
「へ? いや、僕の部屋なんて別に見なくても……」
「だめです! 逃がしませんからね!」
結局、とばっちりはかわしきれないものらしい。
渋々と『僕』は皆を連れ、三階へ上がった。
人間の姿の時に着る服などは、まとめて異次元ボックスに放り込んである。部屋にあるのは本棚とベッド、あとはデスクトップのパソコンくらいだ。
菜々留がしれっと図星を突く。
「Pくんだったら、エッチな本も異次元ボックスに隠すわよねえ」
「あれでしょ? えろげのビジュアルファンブックってやつ」
「なんで知ってるの? ねえ? そこはそっとしておいてくれないかなあっ?」
悲しいかな、女所帯の寮で男子の『僕』に立場などあるはずがなかった。
キュートが枕を抱きかかえる。
「お兄ちゃんの……えへへ」
「あっ? キュート、ずるい! ミカルちゃんも!」
「同じサイズでそこに本人がいるのに?」
とはいえ『僕』は内心、安堵していた。美香留がやってきた昨日のうちに、例のプリメを隠しておいたのは正解だったか。
(美香留ちゃんは僕が人間って、知らないっぽいし……勘ぐられても厄介だもんね)
それから『僕』たちは一階のリビングへ引きあげ、少し遅い昼食となった。
「アイドルに恋愛はご法度っしょ? さっきのひととは切れといたほうがいいってー」
「そ、それより午後はお買い物! 何買うか、決めてあるわけ?」
「美香留ちゃんの分のお箸やスプーンも要るわねえ」
一度に住人がふたりも増えるのだから、話題は尽きない。
そんな中、恋姫が思い出したように付け加えた。
「P君、お部屋はまだあるんですし、美玖にも声を掛けたらどうですか?」
「「エッ?」」
菜々留と里緒奈も揃って頷く。
「ナナルも賛成よ。美玖ちゃん、ずっとひとり暮らしでしょう?」
「魔法があるといってもねー。やっぱPクンがさあ、お兄様として、妹の美玖ちゃんに『心配なんだ』の一言くらい言ってあげるべきじゃない?」
どれも正論だ。先月までの『僕』なら、ここで不甲斐なさを恥じていただろう。
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