第204話
王国の住人を数えながら、里緒奈がぼやく。
「そーいえばさあ……Pクン、リオナたちのお部屋は入ったことなくない?」
「ん? 確かに記憶にないなあ」
「なら、ナナルたちのお部屋も見せなくっちゃ、不公平よね」
菜々留がそう言い終わらないうちに、恋姫が血相を変えて走り出した。
「ままっ待ってください! すぐに片付けますので!」
「走っちゃ危ないぞー?」
そんなわけで、全員のお部屋を見せてもらうことに。恋姫は何やらどっすんばったんしているため、先に菜々留の寝室へお邪魔する。
そこはお嬢様テイストの空間だった。
「うわあ……」
「すごい、すごい!」
入室が初めてとなる『僕』と美香留は、感心するとともに納得。
勉強机にまでクロスが敷かれている凝り様で、三面鏡のドレッサーにも違和感がない。さり気なく飾られたコースターも菜々留のセンスを物語る。
「こういうお部屋で暮らしてるから、振る舞いも自然と慎ましやかになるんだね」
「うふふ、Pくんったらお上手ねえ」
お世辞を言ったつもりはなかった。
カメラの前でだけ可愛い子ぶるようでは、アイドルは務まらない。菜々留の魅力は日々の奥ゆかしい生活に裏付けされているのだと、『僕』は確信する。
里緒奈が仮面の少女に何気なく尋ねた。
「キュートはあんま驚かないのね」
「えっ? あー、うん……びっくりしてるよ? きゅーとも」
キュートは仮面越しに目を逸らしつつ、声を上擦らせる。
(そりゃ美玖は入ったことあるだろーしなあ……)
妹がボロを出さないうちに、部屋の外へ。
ところが、それを美香留が遮った。
「待って? あにぃ。これ……」
壁のボードにプリメを見つけ、つぶらな瞳を瞬かせる。
そこには菜々留と、少し年上らしい男性が一緒に写っていた。腕を組んで、カップルに相違ないイチャイチャ感を醸し出している。
「菜々留ちゃん。この隣にいるのって、誰なの?」
美香留の言葉に、この場の全員がはっとした。『僕』は記憶の中を改める。
(あの時のプリメ、飾ってくれてたんだ……)
嬉しいような、恥ずかしいような。
それはさておき、やはり美香留は『僕』の正体が人間の男子であることを知らない様子だった。里緒奈や恋姫でさえ知らなかったのだから、美香留の場合はなおさらか。
菜々留が充足の笑みを深める。
「そうねえ……そのひとはナナルの恋人候補……かしら?」
(……ええっ?)
まるで惚気のような告白に、当事者の『僕』はどきりとした。
美香留がジト目で菜々留を訝しむ。
「えー? でもアイドルが彼氏なんてマズいっしょ?」
「その通りよ。だから、今は距離を取って……もちろんPくんも知ってることだから、そこは安心してちょうだい。このデートも、Pくんに魔法でサポートしてもらったの」
「おにぃの公認? ふぅーん……SHINYは彼氏とか、オッケーなんだ?」
一方で、キュートは『僕』の身体がどこまで伸びるかを試していた。
「ほんっと、誰だろーねぇ? お兄ちゃん?」
「ふもふぇっへ~!」
里緒奈が何やら余裕ぶって髪をかきあげる。
「次はリオナのお部屋ね。Pクンもこっち、こっち」
「それよりたひゅふぇふぇえ~!」
辛くもキュートの手を逃れ、『僕』は美香留の頭に乗って、里緒奈の寝室へ。
里緒奈の部屋は多少の生活感を散りばめながらも、小奇麗にまとまっていた。ファッション雑誌やプレーヤーなど、芸能界に興味津々らしい趣味が見て取れる。
「里緒奈ちゃんのお部屋も素敵よねえ」
「でしょ? クローゼットの中はこんな感じ」
箪笥の中には、これまたセンス抜群の洋服が揃っていた。
里緒奈は宝物でも自慢するかのように鼻を高くする。
「ふふん、どお? リオナの、いかにもJKアイドルのお部屋って思わない?」
「う~ん……アイドルかJKかって言われたら、JKかなあ」
「その前にさ、もっとJKって言葉に疑問を持とうよ? 間違っちゃいないけど……」
そんな今時のJKルームの中で、キュートが妙な布切れを拾いあげた。
まさかのブラジャーを。
「ふぅん……里緒奈ちゃん、また大きくなったんだね」
「~~~~ッ!」
里緒奈は赤面するとともに、忍者のような軽やかさでそれを回収。ピンク色の生地を背中に隠しつつ、作り笑いを引き攣らせる。
「ななっ何言ってんの? キュート? おっ大きいのはいいことだし? Pクンも『柔らかくて揉み応えある』って言ってくれたし?」
「グハアッ!」
ぬいぐるみの『僕』は派手にぶっ飛んだ。
(不可抗力! 褒めなきゃと思って! あとそれ、スクール水着の上から!)
そうは思うものの、妹の前で白状できるはずもなくて。
可愛い妹たちの冷ややかな視線が『僕』の心胆を寒からしめる。
「お兄ちゃん、おっぱいならどの子のでもいいんだ? へえ~」
「ナナルのもあんなにしておいて……里緒奈ちゃんとも、やっぱりそこまで……」
(もう……死んでくれませんか?)
自分の部屋を片付けているはずの恋姫からも、死刑の宣告が。
今夜あたり夢で法廷に引っ張り出されそうな予感がした。
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