第203話
一度にふたりも住人が増えるとなっては、やることも多い。
「Pくん、一階の椅子が足らないんじゃないかしら?」
「ソファーも全員で座るには小さくない?」
『僕』はぬいぐるみの胸を張った。
「だろうと思って、錬金のほうもスタンバってるよ。そのへんは僕に任せて」
「おにぃの魔法? 使っちゃっていいんだ?」
そもそもマギシュヴェルトは男性が魔法を使うことを禁忌としており、『僕』の修行は特例中の特例に過ぎない。ゆえに魔法の行使には相応の制限がある。
とはいえ今回のように用途が明確なら、マギシュヴェルトも柔軟に許可をくれた。
「椅子は買い足すとして……ソファーは幅を大きくすれば、使えると思うよ。ほかに改装したい部分とかあったら、ついでにやっちゃおうか?」
「はい、はいっ!」
待ってましたとばかりに手を挙げる里緒奈。
「前から思ってたんだけどぉ。Pクン、もう少しお風呂を大きくしてくれない?」
「え? お風呂を?」
その要求は予想になく、『僕』は目を点にした。
里緒奈が思わせぶりな溜息をつく。
「そりゃあPクンはそのサイズだから、お風呂で泳いだりもできるんでしょーけど。リオナたちじゃ満足に脚も伸ばせないのよ? 窮屈ぅ~」
菜々留や恋姫も口を揃えた。
「身体を洗う時も、湯舟の囲いに腕が当たったりするわねえ」
「いっそ二、三人で一緒に入れるくらい広くても、いいんじゃないですか?」
「なるほど……」
女子高生にとってもアイドルにとっても、お風呂は至福の一時。
日々の疲れを癒やし、最高のコンディションを維持するためにも、こういった生活面の不満には配慮するべきだろう。
「あとあとっ! お風呂のタイルはピンクね」
「え? 色も重要なの?」
不可解な要求に小首を傾げるも、『僕』はバスルームの改善を約束する。
「じゃあ、あとで改装しておくよ。広くするだけでいいのかな?」
「ナナル、鏡も欲しいわ。入浴中も曇ったりしないの」
「寝転べるくらいにしてよねー」
この時の『僕』は気付きもしなかった。
どうして『彼女』たちがお風呂にそこまで拘るのか――。
昼過ぎには引っ越しの作業も目処がつく。
キュートの部屋は案の定、アニメの趣味で彩られることになった。
「お兄ちゃん! ユニゾンジュエルの衣装、きゅーとのお部屋に飾っていいでしょ?」
「構わないよ。……うん、キュートならではのお部屋だなあ」
自宅から直通ゲートで運んできたらしい、美少女フィギュアの数々が本棚の半分を賑やかせている。A4サイズの棚を所望したのは、このためだったわけだ。
ざっと見たところ、魔法少女ものや変身ヒロインものが多い気がする。
壁にはSHINYが宣伝部長となった『聖装少女ユニゾンヴァルキリー』の特大ポスターと、ユニゾンジュエルのコスプレ衣装も。
菜々留が柔和に微笑む。
「とても素敵なお部屋だと思うわ。マネージャーの美玖ちゃんも、こういう……」
「ちょっと、菜々留? お兄さんの前で言っちゃだめよ」
すでに妹のオタク趣味を知っている『僕』は、ぬいぐるみの顔で苦笑い。
キュート(妹)は恥ずかしそうにもじもじと指を編んだ。
「きゅーとの趣味全開になっちゃったかも……」
「キュートのお部屋だから、好きにしていいんだよ。っと、お次は美香留ちゃんだね」
「来て来て、おにぃ! す~っごく可愛くなったんだから」
キュートに対抗してか、美香留が前のめりになる。
何でも『僕』が風呂場を改装している間に仕上げたらしい。果たして美香留のプライベートルームは、『僕』のお仲間で溢れ返っていた。
あっちにもこっちにも、ぬいぐるみ。
「これこれっ! このタメにゃんが一番のお気に入りなんだ~」
部屋の主は大好きなぬいぐるみたちに囲まれ、ご満悦。
「あっ、もちろん一番カッコいいのは、おにぃだからね? カッコいいのは」
「まあね。タメにゃんもいい線行ってるとは思うけど」
ライバルたちを一瞥しつつ『僕』は得意になってしまった。
「ね、ねえ……里緒奈? P君は今、どれに勝ち誇ってるの……?」
「右端のカエルじゃない? ……いや、リオナもてきとーに言ってみただけで……」
美香留はボーイッシュな印象ではあるものの、ファンシーなグッズに目がない。彼女の部屋がぬいぐるみの王国になるものとは、『僕』も予想していた。
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