第202話

 しかし妹は『僕』にも正体がバレていない、と思っているらしい。ぬいぐるみの『僕』を抱きかかえ、無邪気な笑みを弾ませる。

「きゅーと、お兄ちゃんと一緒のお部屋でもいいんだけどなあ。えへへっ」

「自分のお部屋はあったほうがいいでしょ? 恋姫ちゃんみたいに、友達に見られたら困るものもあるだろーしね」

「P君? レンキの何を知ってるんですか?」

 すると美香留が対抗心を燃やし始めた。

「ちょっと、ちょっと! 誰かと思えば、ミカルちゃんの枠を横取りしたおっぱいアイドルじゃんか、もおー」

「あらあら、美香留ちゃんったら。それはブーメラン発言よぉ?」

「リオナたち全員に返ってくる、ね」

 菜々留や里緒奈の茶々も意に介さず、新メンバー同士で火花を散らす。

「きゅーと、知らなぁ~い。美香留の勘違いじゃない?」

「そんなわけないじゃん! こっちは最初っから、今月から加入の予定で……」

「きゅーとには関係ないも~ん」

 あくまでキュートは非を認めず、とぼけ倒そうとした。

 その態度が美香留の神経を逆撫でする。

「関係なくないっ! おにぃも何とか言ってよ!」

「あっ? お兄ちゃんはきゅーとが抱っこしてるのに~!」

 ついにはぬいぐるみの『僕』を取り合って、喧嘩をおっ始める始末。

「待って、待って! 今日から一緒にお仕事するんだから、ふたりとも仲良く……」

「お兄ちゃんは」

「おにぃは」

「「どっちの味方なのっ?」」

 和やかなお引越しムードは、あっという間に修羅場と化してしまった。

 里緒奈たちは呆然と成り行きを見守っている。

「ね、ねえ……Pクン? どうするわけ?」

「美香留の言うことも、もっともよね。デビューの予定を狂わされたんだから」

「だからって、キュートちゃんも無下にはできないわ」

 それもそのはず、結果的にキュートは美香留を出し抜いてしまったのだから。顔を合わせたら衝突するに違いないことは、プロデューサーの『僕』とてわかっていた。

 キュートも美香留も白熱し、ぬいぐるみの『僕』を横長に引っ張る。

「喧嘩しないで! とりあえず僕の話を……話を聞いふぇ? ふぇえっ?」

「お兄ちゃんが困ってるでしょ? 離してっ!」

「それ、ミカルちゃんの台詞! そっちが離せばいいじゃん」

 そんな一触即発の空気の中、菜々留が暢気に語った。

「大岡裁きってお話、知ってるかしら? ふたりの母親が子どもを取り合って、綱引きみたいになるんだけど……本当の母親は子どもの身を案じて、先に手を離すのよね」

「……っ!」

 両方の手が同時に『僕』を解放する。

「Pクンは一旦、リオナが預かるわ。オッケー?」

「里緒奈ちゃ~ん!」

 菜々留たちの機転のおかげで『僕』は九死に一生を得た。

 里緒奈に抱っこされていては締まらないものの、改めて提案する。

「美香留ちゃんの枠でキュートをデビューさせちゃったのは、僕の落ち度だよ。だから、その……僕が美香留ちゃんのお願いをひとつ叶える、というのでどうかな?」

 ここでフォローを入れるべきは、美香留のほうだ。

「キュートもいいでしょ? この件はプロデューサーの僕が責任を負うってことで」

「う、うん……お兄ちゃんがそう言うなら、きゅーとはそれで……」

 キュートも根っこのところは優等生の美玖だけに、無理を通して道理を引っ込めることはしない。不満そうに頬を膨らませはするけど。

 美香留がまなざしに期待を込める。

「おにぃ! お願いって何でも? どんなことでも?」

「僕にできることなら、まあ……良識の範疇でね」

「じゃあ、それで決定! おにぃがお願い聞いてくれるなら、ミカルちゃん、キュートの件は水に流してあげる」

 何とか場を収めることはできたらしい。

「おにぃにどんなことお願いしようかなあ……にっひっひ~」

「今すぐ決めなくてもいいよ。それじゃ、お片付けを再開しようか」

「はーい!」

 一段落したところで、里緒奈や菜々留も作業に戻った。

 机を拭きながら、恋姫がキュートに問いかける。

「話は変わるけど……あなたが着てるのって、S女子の制服でしょう? あなたもS女の生徒なの?」

 恋姫の指摘通り、今日のキュートはS女のセーラー服を着ていた。

今しがた一年一組の授業を抜けてきたために。

(シホちゃんあたりに聞けば、裏は取れそうだけど……)

 それに加え、美玖とまったく同じ私服では、正体がバレる恐れもある。あえてS女のセーラー服を着てくるのは、納得できる話だ。

「きゅーとはね、何にだってなりきれちゃうの。S女の生徒くらい簡単、簡単」

「じゃあ、そういうことにしておくわ」

 恋姫も追及はせず、肩を竦めるだけで済ませる。

(本当は恋姫ちゃんも気付いてるんじゃないのか? キュートの正体に)

 むしろ『僕』こそが確認を取りたかったが、キュートのために流すことにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る