第201話
SHINYの寮は『寮』というより、ご家庭でお馴染みの『一戸建て』に近い。
もとはS女の隣にあった廃倉庫なのだが、『僕』の魔法でリニューアルし、新築同然の輝きを誇っている。もちろん土地の権利関係もクリア済みだ。
三階建てで、一階はリビングやお風呂など共有のスペース。二階はメンバーごとの部屋があり、三階は『僕』の仕事部屋やステージ衣装の保管場所に当てている。
屋上からはS女のプールを一望できるので、景観もばっちり。
「昨夜はリビングで寝させて、ごめんね。身体とか痛かったりしない?」
「んーん、平気。それよかおにぃ、ミカルちゃんのお部屋っ!」
昨日の今日で一緒に暮らすことになった美香留のため、『僕』は授業の合間を縫って、美香留とともに寮へ戻ってきた。
美香留は転入生の扱いなので、まだ授業に出席せずとも問題なし。
しかし一年三組の里緒奈たちも当然のようにここにいる。
「美香留ちゃんのお部屋、用意するんでしょ? リオナも手伝って、あ・げ・る」
「う、うん……なら」
教師としてはNGを出したいものの、アイドルグループの協調性を優先して、今朝のところは不問とすることに。里緒奈や菜々留もプロの芸能人なのだから、何も授業をサボりたいわけではない……と信じたい。いや信じよう。
「Pくんと美香留ちゃんがふたりきりじゃ、ナナルもちょっと心配だもの」
(……何を心配するっていうんだろ?)
生真面目な恋姫は空き部屋の拭き掃除を始めていた。
「里緒奈、菜々留! お手伝いに来たんでしょう? ぼーっとしてないで、こっち!」
「はぁーい」
こういう時こそプロデューサーの『僕』がきびきびと指揮を執る。
「じゃあ、恋姫ちゃんと里緒奈ちゃんはお掃除をお願い。菜々留ちゃんは美香留ちゃんの荷物のほう、手伝ってあげてよ。女の子同士のほうがさ」
「わかったわ。Pくん」
美香留も屈託しない性格のおかげで、早くもメンバーと打ち解けつつあった。
「それ、ミカルちゃんのマイカップだから、気をつけてねー」
「ほかにお部屋以外に置くものって、あるかしら?」
プロデューサーとして『僕』は内心、ほっとする。
(ぎこちなくなったりしたら、一緒にアイドル活動なんてできないもんなあ)
新メンバーが馴染めるかどうか。アイドル『グループ』のプロデュースにおいて、これは運命の分かれ目となる。
下手をすれば、期待の新戦力が不協和音をもたらすことだってあるのだ。実際、スターライト芸能プロダクションのほうではそんな噂も聞く。
とはいえ、そこは『僕』のSHINY。
プライベート面のユルさや友達感覚も相まって、SHINYは早くも新メンバーの美香留を受け入れ始めていた。
恋姫が背伸びして、窓ガラスを丁寧に拭きあげる。
「カーテンも欲しいですね。あとでみんなで買いに行きませんか?」
「そうだね。ほかにも色々入用だろうし……」
美香留は瞳をきらきらさせながら、レイアウトを吟味。
「ベッドはここでいいとしてぇ……菜々留ちゃんのお部屋はどうなってんの?」
「見てもらったほうが早いわね。こっちよ」
まだ空っぽの部屋に、ぬいぐるみの『僕』も胸を膨らませる。
「里緒奈ちゃんと恋姫ちゃんも見せてあげてよ。お部屋」
「オッケー。じゃあ、次はリオナね」
「レンキもいいですよ。P君みたいに見られて困るものはありませんので」
「……僕の部屋で家探しとかしてないよね? 恋姫ちゃん?」
自分の部屋であれ、友達の部屋であれ、『生活空間の演出』は楽しいものだ。皆で意見を出し合ったりしながら、和気藹々と盛りあがる。
「おにぃ、おにぃ! ミカルちゃんもパソコン欲しいんだけど。みんなと同じやつ」
「ちゃんと美香留ちゃんの分も手配してるよ。でもパソコン、わかる?」
「バカにしないでよねー。ケータイだってもう憶えたもん」
「そっかあ、マギシュヴェルトにはないんだっけ? パソコンもケータイも」
ふと菜々留が呟いた。
「美玖ちゃんも来ればよかったのにね。美香留ちゃんと同じクラスなんだし……」
「授業を抜けたくないんでしょう? あの子らしいわ」
「で、恋姫ちゃんは普通にサボると……」
「サボってるわけじゃありません。レンキのこれはお手伝いですので」
マネージャーの美玖は一年一組で授業を受けている――はず。
ただ『僕』だけは知っていた。妹も授業そっちのけで、ここへ来ることに。
「お兄ちゃんっ!」
廊下のほうから、仮面の少女が掃除中の部屋を覗き込む。
「あれ? キュート?」
「僕が呼んだんだよ。ついでにキュートの部屋も、と思ってさ」
「ああ……それで、隣のお部屋も開けてあったのね」
今月より晴れてSHINYの新メンバーとなった、『僕』の妹。
キュートは正真正銘、血の繋がっている実の妹だ。
つまり正体は、先日の体育で『僕』に両膝蹴りを食らわせた、妹の美玖。
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