第200話

 その夜、寮のリビングにて。

 美香留は大きなボストンバッグを脇に置くと、改めて自己紹介を始めた。

「おにぃのきゃっわい~い妹、ミカルちゃんでーっす! ヨロシク!」

 敬礼のポーズひとつでまたも爆乳が揺れる。

「お兄さん……」

「ちょっ、恋姫ちゃん? そのジト目やめて!」

 何せ美玖に続き、ふたりめの妹も爆乳系。兄の『僕』にはあらぬ疑いが掛けられる。

「リオナたちにもおっぱいが大きくなる魔法とか、使ってない?」

「七つの大罪って知ってる? お兄たま。そのひとつが色欲の罪でね……?」

「イトコも妹みたいなものなんですから、ほんっと自重してください?」

 今回も人数分の軽蔑の言葉をいただきました。

 ぬいぐるみの『僕』はテーブルの上にちょこんと座り、美香留と対面する。

「ええっと……すごい荷物だけど。S女にはもう?」

「そーだよん。さっき先生に挨拶行ったら、ミカルちゃんは一組になるんだってー」

「……」

 その報告に妹の美玖はげんなり。

 美香留はS女の制服を着てもいた。ボーイッシュな風貌に丈が短めのセーラー服が合わさり、いかにも快活そうな印象を漂わせる。

「おっぱいのせいで、裾が足んないんだよねー。美玖ちゃんもそうっしょ?」

「……さあね」

 一方で美玖は部活が終わっても、ずっと拗ねていた。キュートとして美香留と喧嘩した分を、美玖に戻っても引きずっているらしい。

「何よぉ? イトコ同士、仲良くしようとか思わないワケ? おにぃは渡さないけど」

「仲良くしたいんなら、美香留ちゃんからも歩み寄るべきじゃないかしら」

 美香留は今日の昼過ぎにS女へ到着し、すでに転入の手続きを済ませたとのこと。

「転校には中途半端な時期よねー。Pクン、そのあたりは大丈夫?」

「認識阻害までは必要ないよ。ちょっと不自然なくらいで」

 押しかけ嫁ならぬ押しかけ妹を前にして、『僕』は嘆息せずにいられない。

「むしろマーペラスプロのほうをどう誤魔化すか、だなあ……」

 SHINYは今月、新メンバーのキュートを迎えたばかり。立て続けにメンバーが増えるとなっては、現場は混乱必至だろう。

 とはいえ、美香留は以前よりSHINYに加わる予定だった。楽曲は充分練習できているはずで、とりわけダンスが堪能なことは『僕』も知っている。

 おそらく恋姫も『僕』と同じことを考えていた。

「どうするんですか? P君。美香留が今すぐSHINYに加入となっては、スケジュールが大幅に狂いそうですが……」

「そこはおにぃの魔法で、バーン!とぉ」

「無茶言わないでよ。認識阻害を使い出したら、キリがないんだからさ」

 プロデューサーとしては、美香留の加入は遅らせるべきか。

 ただ、美香留の言い分も筋は通っていた。

「大体さあ、ミカルちゃんは準備万端で待ってたのに。キュートなんてのが出てきて、ミカルちゃんの枠を横取りしたわけじゃん? ねえ、おにぃ」

「うーん、まあ……」

 S女の転入にしても予定通りのこと。

(春から在学してることにすれば、進級の単位は問題ないとして……)

 本来は美香留が活用するはずのメンバー枠で、キュートが活動しているのだから、美香留にとっては面白くないだろう。

 また夏の正念場に向け、戦力は欲しかった。

 キュートも含めて5人になれば、ステージの幅が広がる。

しかし肝心の夏を過ぎてしまっては、出遅れる恐れがあった。

(SPIRALやCLOVERに負けないためにも、どんどん打って出るか)

 プロデューサーの『僕』は腹を括り、ケータイで社長に相談。

「月島社長、お忙しいところすみません。実はキュートに続いて、新メンバーが――」

 結果は五分ほどで出た。

『君なら構わんとも。三人でも四人でも好きなだけ増やしたまえ! ワハハ!』

 さすが大手芸能事務所の社長、肝が据わっているというべきか、単に現場に丸投げしているだけと受け取るべきか。

「わかったよ、美香留ちゃん。明日から早速、できる範囲でお仕事に参加してもらうぞ」

「そうこなくっちゃ! おにぃ、だぁーい好き!」

 美香留は無邪気な笑みを弾ませて、ぬいぐるみの『僕』を抱き締める。

「おにぃ、今夜から一緒に寝ようねー」

「待って、待って、待って!」

 それを大慌てで制したのは、里緒奈。

「プロデューサーとアイドルなのよ? そ、そーいうのはダメに決まってるじゃない!」

 その傍らで菜々留が黒い笑みを浮かべる。

「……あら? 最初にお風呂で抜け駆けしたの、誰だったかしら?」

 さらに恋姫も前のめりになって、『僕』と美香留を引き離そうとした。

「里緒奈の言う通りです! P君、美香留も今日から教え子で……い、イトコであれ妹なんですよ? 犯罪者になるつもりですか!」

「発想を飛躍させないでってば! 何? 僕は逮捕されるのが前提なわけ?」

 犯罪の二文字に『性』がつかなかっただけ、恋姫にしては慈悲があるかもしれない。

 お姉さん気質の菜々留が新メンバーにやんわりと言い聞かせた。

「ナナルも美香留ちゃんとは知らない仲じゃないから、受け入れるつもりよ? でも、それなら美香留ちゃんにも、寮のルールは守ってもらわなくっちゃ」

「ま、まあ……おにぃと一緒に暮らせるなら、ミカルちゃんはそれで……」

 ぬいぐるみの『僕』を抱っこしたまま、美香留は渋々と頷く。

 先輩アイドルとして里緒奈が踏ん反り返った。

「その『おにぃ』って呼ぶのも、アイドル活動じゃダメよ? ちゃんと『P』とか『プロデューサー』って呼ばないと、P君が舐められちゃうんだから」

「キュートの時はそれ言わなかったよね? なんで?」

「Pくん? 空気を読んでちょうだい?」

 屁理屈でも何でも、美香留に一言釘を刺したいらしい。

 美香留は『僕』を見下ろし、ぽつりと呟く。

「じ、じゃあ……ミカルちゃんは『Pにぃ』で。ならいいっしょ? Pにぃ」

「オーケーだよ。SHINYへようこそ! 美香留ちゃん」

 かくしてSHINYに加わった新戦力。

「ほんと……兄さんは美香留に甘いんだから」

 妹は唇をへの字に曲げ、マネージャーの業務に専念していた。

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