第196話
マーベラス芸能プロダクション、通称マーベラスプロ。
略してマベプロにならないのは、すでにマベプロ(マーベリックナントカ)なる略称が別にあるから、とのこと。
芸能界では最大手の事務所であり、かの観音玲美子や鳳蓮華も在籍している。
ここで『僕』はグラビアアイドルのMOMOKAをプロデュース。その功績が認められて、SHINYを全面的に任されている。
『君には期待してるとも。頑張ってくれたまえ』
社長も魔法使いの『僕』に理解を示し、色々と便宜を図ってくれた。
S女と同様に、マーベラスプロでも『僕』は『ぬいぐるみの妖精さん』で通っている。認識阻害の内容を調整した結果、そこに落ち着いてしまった。
(割とみんな、ファンシーな生き物には順応力が高いんだよなあ……)
騙しているわけではないので、『僕』としても気が楽だ。
ところがマーベラスプロにはひとりだけ、認識阻害の魔法が通用しない人物がいた。本日の昼下がりは彼女――SPIRALの有栖川刹那とティータイム。
「ふぅん……魔法の国の妖精さん、ねえ」
ぬいぐるみの『僕』は魔法で椅子を高くして、彼女と目線を合わせる。
「あまり驚いてないよね? 刹那さん」
「ええ。喋るぬいぐるみなんて可愛いじゃない?」
実のところ『僕』のほうも納得していた。
SPIRALの快進撃については多様に論じられるものの、どれも説得力に欠ける。それもそのはず、SPIRALもまた『僕』と同じ超常の異邦人だからだ。
とはいえ『僕』は彼女の正体をいたずらに問い詰めたりせず、あくまで同じ芸能事務所繋がりの世間話に終始する。
「SPIRAL一強……そんなふうに思われてるのね、わたしたち」
「みんながみんな、SPIRALの真似に走りそうで……それが怖いんだ」
「アイドルの女の子たちにしたって、猿真似なんてつらまないでしょうに。でもノウハウだの何だの言って、意識しちゃうみたいなのよね。どうしても」
上品なアッサムの香りを呷りつつ、刹那はアイドル界の行く末を憂いた。
「心配なのよ、わたし。SPIRALのファンは男性ばかりで……こう言っては何だけど、男性ファンって、女性ファンより即物的なところがあるでしょう?」
「それはあるかもね」
トップアイドルだからこそ、昨今のファンのありかたをまざまざと目の当たりにして、思うところがあるのだろう。
「私は女性アイドルこそ、もっと女性ファンに支えられて欲しいのよ。これはSPIRALに限った話じゃなくって、あなたのSHINYも」
「なるほど……」
お茶菓子のクッキーもほどほどに、ぬいぐるみの『僕』は相槌を打つ。
トップアイドルのSPIRALに追随すれば、男性ファン向けに偏った戦略になるわけで。しかし男性がファンの半数を超えることはない。
もう半数はいつだって女性だ。
「もともと美少女アイドルって、同じ女の子が憧れるものでしょう? そこを忘れて、男性ファンばかり取り込もうとするのは、抵抗があるというか……」
「僕もわかるよ。MOMOKAのプロデュースは男の子だけがターゲットだったし」
そして現実問題、SPIRALは女性ファンを山ほど取りこぼしていた。
表面上は確かに売れている。けれども、その内訳が『熱しやすく冷めやすい男性ファンが頻繁に入れ替わっている』だけでは、長続きはしないだろう。
だからこそ、SPIRALの刹那は『長く付き合ってくれる』ファンを求める。
「SHINYの世界制服には、わたしも期待してるのよ。アイドルが自分の学校の制服を着てくれたら、嬉しいじゃない?」
「それを狙ってるんだよ、僕も。……ホントウダヨ?」
「どうしてカタコトで言い直したの? ……ああ、自信がないのね。自分に」
いかにして女性ファンを引きつけるか――アイドル業界は今、大きなターニングポイントを迎えているのかもしれない。
トークが一段落する頃には、『僕』の中で有栖川刹那の評価が上がりきっていた。
「同じマーベラスプロのアイドル同士、頑張りましょうね。妖精さん」
「もちろん! SHINYだって負けないぞ」
彼女はトップアイドルであることで天狗になったりせず、アイドル界の未来を真剣に考えているのだから。
そんな刹那が『僕』に問いかける。
「ところで……SHINYのメンバーのこと、ケアはしてあげてるのかしら?」
「うん。魔法でできる分はね」
学校と、勉強と、レッスンと、アイドル活動と。この春から世界制服の企画も始まったことで、SHINYは多忙を極めていた。
魔法で移動時間の短縮や、睡眠の効率化など、『僕』もフォローはしている。しかし裏を返せば、それだけスケジュール面に無理があるということだ。
「ちゃんとご褒美もあげないと。例えば……ほら、夏休みは海に行くとか」
刹那のアイデアが『僕』に閃きをもたらす。
「そうだネ! マギシュヴェルトのビーチで海水浴……うんうん! その手があったか」
「え……魔法の国で? 海なら私の別荘で……」
「早速、手配するよ。二泊三日……できれば三泊かなあ」
トップアイドルは何やら残念そうに溜息をついた。
「まあいいわ。SHINYとはイベントで共演なんてこともあるでしょうし」
「SPIRALと共演? じゃあ、刹那さんもセーラー服着る?」
「高校生よ? 私も」
スクール水着は着てくれないらしい。残念。
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