第195話

「そっかあ……Pクン、桃香さんを出場させたことあるんだっけ?」

「うん。それで呉羽さんが、SHINYに目を留めてくれたみたいでさ。下着で撮影なんて恥ずかしいとは思うけど、その……どう?」

 JKの巨乳枠で、という条件は伏せておくことにする。『僕』とて命は惜しい。

 確かにラブメイク・コレクションはランジェリーのカタログだが、呉羽陽子がじきじきに指揮を執る、由緒正しい企画だった。

「もちろん当日のスタッフは女性限定だから、安心してよ。僕も席を外すから」

「まあ……Pクンが苦労して取ってきてくれた企画、だし……」

 里緒奈が意味深な視線を『僕』に向ける。

「そっちでお兄様を……うん! 面白いかも」

 何やら嫌な予感がした。菜々留の含み笑いも不安を募らせる。

「そうねえ……ナナルも賛成よ。お兄たまにわからせてあげなくっちゃ」

 二対一となっては、恋姫も頷くほかないだろう。

「こ、今回だけですよ? お兄さん。下着で撮影なんて、次は絶対なしです」

「ありがとう! みんな」

 『僕』はぬいぐるみの胸を撫でおろす。

「た・だ・し」

 ところが、里緒奈がある条件をつけてきた。

「リオナたちに恥ずかしい思いさせるんだから、お詫びとして、P君はリオナたちとお姫様デート! もちろん男の子の格好で、ね」

「エッ?」

「いいですね、それ! ……あ」

 恋姫は声を弾ませるも、ばつが悪そうに口ごもる。

「ち、違いますよ? P君? 里緒奈が楽しそうに言うから、ついレンキまで……」

「あらあら、恋姫ちゃんったら。でもお姫様デートでご機嫌を取ってくれるなら、ナナルもラブメイク・コレクションへの参加に異論はないわ」

「わ、わかったよ。それくらいなら」

 『僕』に拒否権などあるはずもなかった。

 ちなみにお姫様デートとは、彼氏が彼女にとことん貢ぎまくるデートのこと。高校生になったことで里緒奈たちの要求もレベルが上がっており、総額を想像したくない。

「そんなわけだから……美玖、キュートにも伝えておいてね」

「エッ?」

 妹がさっきの『僕』と同じくきょとんとする。

「えぇと……デートの件?」

「ラブメイク・コレクションの件だってば」

 そこまで言って、『僕』もはっとした。

(これって、美玖もキュートとして出場するってこと……?)

 先日の朝チュンがフラッシュバックする。

 同じベッドの中、スクール水着のキュートと、裸の『僕』と。妹はスクール水着を脱いでいなかったからセーフ――と、あれから『僕』は何度も自分に言い聞かせていた。

 里緒奈たちに目撃されなかったのは、不幸中の幸いだ。

 その妹が、仮面で正体を隠してとはいえ、ランジェリーでファッションショー。

「いくらキュートが兄さんにベッタリだからって……はあ。ミクはいつでも兄さんを魔法で攻撃できるってこと、忘れてないでしょうね? に、い、さ、ん」

「忘れてない! 忘れてないってば!」

 妹の忠告ひとつで血の気が引く。

 甘えん坊のキュートなら、ラブメイク・コレクションの出場も二つ返事で快諾してもらえると思っていた。しかし今、目の前の妹は露骨なほどの嫌悪感を浮かべている。

「結論を急ぐことないわ、美玖ちゃん。当日になれば、Pくんがナナルたちのセミヌード目当てかどうか、はっきりするはずでしょう?」

「確かめるまでもないと思うけど?」

「レンキも美玖と同じ意見よ。だって……P君のやることだもの」

「Pクン、どんどん背中が丸くなってるけど、大丈夫ぅ?」

 プロデューサーの立場を追われないうちに、『僕』は逃げの一手。

「そ、それじゃミーティングはお開きってことで。僕も水泳部に戻らないとナ~」

「リオナたちとアイドルフェスティバル目指すか、水泳部で夏の大会目指すか、どっちかにしてくんない?」

「両方だよ、両方。今年の夏はアツくなるぞ~!」

 その日、プールの水面に叩きつけられる哀れなぬいぐるみがおったそうな……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る