第194話
プロデューサーの『僕』にとっても、思い入れのあるアルバムになるに違いない。
(デビューからもう一年かあ……)
魔法の恩恵があるとはいえ、SHINYの活動は何から何まで順風満帆というわけではなかった。里緒奈たちが頑張ってくれたからこそ、今のSHINYがある。アルバムの発売はSHINYの商業戦略であると同時に、彼女たちへのご褒美だ。
「今までの曲も録りなおすんでしょ? キュートを入れて」
「うん。キュートはばっちり歌えるはずだから、そこは心配しないで」
そう答えつつ、『僕』はちらっと妹の横顔に視線を引っ掛ける。
美玖は涼しげな表情でノートパソコンを見詰めていた。
「……? 兄さん、ミクの顔に何かついてるの?」
「う、ううん。そういうわけじゃ……」
この妹が四人目のメンバー『キュート』だということが、未だに信じられない。
しかもその真実に気付いているのは、おそらく『僕』だけ。里緒奈たちはキュートの正体が美玖であることを知らないまま、新メンバーとして受け入れつつある。
「美玖もリオナたちと一緒にやらない? アイドル」
「キュートがいるんだから、ミクはいいでしょ」
今さら『僕』もキュートの正体を暴くつもりはなかった。
美玖とキュートはまったくの別人。それでアイドル活動は円滑に進む。
「新メンバーの参加と、ファーストアルバムのリリース、それからアイフェスと……世界制服もあるし、この調子ならまだまだ伸びそうね」
「リオナ、夏休みが楽しみっ!」
「うふふ、ナナルもよ。頑張らなくっちゃ」
夏に向け、メンバーのモチベーションはうなぎ登り。
にもかかわらず、プロデューサーの『僕』はトーンを落とさずにいられなかった。
「あと……もうひとつ、参加が決まってる企画があるんだけど。いいかな?」
勘の鋭い恋姫が眉をひそめる。
「エッチな企画だったら許しませんよ? P君」
(ギクッ!)
「まあまあ、恋姫ちゃん。まずはPくんのお話を聞きましょう?」
菜々留の優しいフォローも、あえて顔を立てることで『僕』を追い詰める節があった。ふたりの反応からしても、なるべく遠まわしに伝えるべきか。
「美玖も知らないのぉ?」
「ええ。兄さんの肝入り企画らしいことは、知ってるけど」
今回は企画が企画だけに。
『僕』は表向き胸を張るも、視線を泳がせた。
「えっと、実は……来月、呉羽陽子の企画に参加することになったんだ」
その名に里緒奈たちが色めき立つ。
「く、呉羽陽子っ? あのファッションリーダーの?」
ファッション界をリードするカリスマデザイナー、呉羽陽子(くれはようこ)。かのクレハ・コレクションの創設者でもあり、その名声は海外にまで広まっていた。
服飾に興味津々の菜々留は当然、意地っ張りな恋姫もうっとり。
「すごいわ……ナナルたちが、呉羽陽子のお眼鏡に適っただなんて」
「クレハ・コレクションといったら、東のパリコレだものね。あのランウェイを、最先端のモードで闊歩できるなんて……夢みたいだわ」
クレハ・コレクションがきっかけで大成したモデルも多いのだから、彼女たちが期待に胸を膨らませるのも無理はない。
「でも兄さん、クレハ・コレクションは確か秋の開催じゃ?」
「そ、それは……うん」
ぬいぐるみの背筋に冷たいものを感じつつ、『僕』は恐る恐る口を開いた。
「呉羽陽子の企画でも、クレハ・コレクションじゃなくて……ラブメイク・コレクションだって言ったら、やっぱり……怒る、かな……?」
次の瞬間、『僕』の顔面に恋姫のストレートがめり込む。
「んぶっびゃらぶ!」
「怒るに決まってるじゃないですか!」
里緒奈も『僕』を掴んで、横長に引っ張った。
「期待させておいて、それっ? ラブメイク・コレクションって何よ、ヘンタイ!」
「ちょっ、ま? た、たしゅけて、美玖~!」
いつもは素っ気ない妹が助け船を出してくれる。それだけ見るに堪えないらしい。
「ラブメイク・コレクションだって呉羽陽子の立派な一大企画よ。スケベな兄さんの思惑は別にしても、出場したがるアイドルは多いと思うけど」
「そのスケベな思惑がネックなのよ。世界制服といい、まったく……」
「でも美玖ちゃんの言うこともわかるわ」
ラブメイク・コレクションはレディースの下着を専門としたカタログだ。毎年秋頃、ブティックなどで発売される。
市場に出まわった分を男性も手に入れることは可能だが、増刷は一切されないため、号によってはプレミア化することも。
実際、『僕』が別でプロデュース中のグラビアアイドル・MOMOKAが出演した年度のものは、数万円もの価格帯で取引されるとか。
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