第193話

 そのレベルの高さもまたアイドルフェスティバルの魅力なのだが――。

「僕たちの目標は20分だ」

「……っ!」

 プロデューサーの挑戦的な発言に、里緒奈たちは息を呑む。

「15分が成否のボーダーラインとは聞くけど……さらに5分も?」

「ちょっと自惚れが過ぎるんじゃないかしら?」

 美玖はノートパソコンで去年のアイドルフェスティバルのデータを参照していた。

「去年はSPIRALが初出場で、破格の30分……兄さんが気にしてるのは、これね」

「その通り。今やSPIRALの存在感は無視できないよ」

 『僕』は神妙な声色で焦燥感を募らせる。

 昨年、SHINYも籍を置くマーベラス芸能プロダクションから、驚異的な新進気鋭のアイドルグループが誕生した。

 それこそが有栖川刹那の率いるSPIRALだ。

 SPIRALは彗星のごとく現れ、去年のアイドルフェスティバルでは30分に渡ってステージを独占。その後も爆発的な人気は一向に衰えず、トップアイドルの座に悠々と君臨し続けている。

 かくしてアイドル界はSPIRAL一強の時代へ突入した。

 しかしマーベラス芸能プロダクションはむしろ危機感を抱いている。

 ことにクリエイティブなジャンルにおいて、この『一強』という牽引力は、数々のデメリットも含有しているためだ。

「昔の少年漫画と同じことだよ。人気作が一本出ると、ほかの漫画も闇雲にそれを後追いする形になって、ジャンルそのものが地盤沈下していくんだ」

「選択肢が狭まって、新しいものが作られなくなる……ということですね。P君」

 ひとつは極端なまでのマンネリ化。

 アイドルグループがこぞってSPIRALを踏襲し、SPIRALのカラーを出せば、どのアイドルも似たり寄ったりという状況になりかねない。

 また、SPIRALの話題性は一過性のもので、ファンは定着しないのでは……と冷静に見る向きもある。

 浅はかなビジネスに走っていては、数年後にはSPIRALの二番煎じやデッドコピーだらけになり、アイドル界は停滞するだろう。

 だからこそSPIRALに対抗しうる、まったく新しいアイドルが必要なのだ。

 これは『僕』の修行の目的とも一致する。何も『僕』はSHINYで稼ぎたいわけではない。アイドルで世の中を元気にしたいのだから。

「今のままじゃ、数年後にアイドル業界を待ってるのは閉塞感さ。だから僕たちSHINYで、この流れを変えていかないと」

 里緒奈が瞳を瞬かせる。

「さすがPクン……そんなところまで考えてるんだ?」

 菜々留も感心気味に。

「SPIRALだけが売れている今の状況は、マーベラスプロにとっても好ましくないわけね。ナナルたちでアイドルに幅を広げていかなくっちゃ」

 一方で、恋姫は不服そうに付け足した。

「そのための企画が、世界制服……なんですか?」

 世界を征服するのではなく『制服』する――それこそがSHINYが躍進するための、鳴り物入りの企画だった。

 全国津々浦々の女子校を巡り、制服でPVを作成したり、写真を撮ったり。

 当初はイロモノ企画と思われていたものの、徐々に人気を博し、今やSHINY最大のアピールプロジェクトになりつつある。

「ちゃんと軌道に乗ったでしょ? もう少し僕を信用してよ、恋姫ちゃん」

「信用してないわけじゃないんですけど……」

 もとより『僕』は十八番の魔法で、この企画がヒットするものと予知していた。

 いずれはSHINYのみならず、制服ビジネス――もといアイドル業界が盛りあがるように。この『僕』にスクール水着以外の他意や忖度はない。

 そんな敏腕プロデューサーに、マネージャーの美玖が釘を刺す。

「だからって、アイフェスのステージ衣装をセーラー服にするのはなしよ? 兄さん」

「そ、そこまで堕ちてないよ? 僕!」

「堕ちる方向だってことは一応、自覚してるのねえ」

 気を取りなおして、『僕』は次のカードを切る。

「とにかく夏はアイフェスと……ファーストアルバムもリリースするからネ!」

「「ファーストアルバムっ?」」

 反射的に里緒奈や恋姫が立ちあがった。

 マネージャーがてきぱきとスケジュールを更新していく。

「楽曲の数も揃ってきたものね。メインは『シャイニースマイル』と……」

「今、新曲のほうも進めてるんだ。全部で10曲……豪華なアルバムになるぞー」

 菜々留は頬に手を当てると、感嘆めいた息を漏らした。

「SHINYもそんなところまで来たのね……なんだかナナル、感慨深いわ」

「ファーストアルバムよ、リオナたちのファーストアルバム! レコーディングはいつなの? ジャケット用の衣装もあるんでしょ?」

 興奮しがちな里緒奈と。

 それを嗜める恋姫も、喜びで声を上擦らせる。

「お、落ち着きなさいったら、里緒奈。じゃあファーストアルバムを発売して、その勢いでアイフェスに……ということですか?」

「そうだよ。学校と、アイドルのお仕事と……歌のレッスンが増えるけど、頑張ってくれるよね? 里緒奈ちゃん、菜々留ちゃん、恋姫ちゃん」

 メンバーの返事が重なった。

「ハイッ!」

 それだけファーストアルバムのリリースが嬉しいのだろう。

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