第192話

 ただし認識阻害の魔法は決して万能ではなかった。

 あくまで『自然な形で思い込ませる』程度のもので、例えば黒いカラスを白色と思わせる、といった無茶ぶりは不可能だ。

 『僕』が体育教師の立場でいるのも、より無理のない形を選んだだけのこと。


   × 男性の芸能プロデューサーが女子校を出入りする

   ○ ぬいぐるみの妖精さんが女子校を出入りする


 また水泳部で顧問を務めるのも、この寮が直通でプールと繋がっているためだった。顧問の立場でいるほうが色々と融通が利く。

 断じて、断じて『女子高生と仲良くなりたい』だの『スクール水着はぁはぁ』だのといった私欲があるわけではないのだ。そう、断じて。

 それでも疑り深い恋姫は、『僕』への不信を撤回してくれなかった。

「もう正体は男の子だって知ってるんですから、信じられません。そんなお話」

「まあまあ、恋姫ちゃん。Pくんも反省してるんだから」

 見かねたらしい菜々留がフォローに入ってくれる。

「それに恋姫ちゃんだって、人間のPくんは必要なんでしょう? こっちのPくんが少し羽目を外すくらい、大目に見てあげなくっちゃ」

「べ、別にレンキは、お兄さんなんかいなくても……」

「ちょっと、ちょっと! みんな一緒の時は妹モード、禁止っ!」

 急に里緒奈が立ちあがり、割り込むように声を荒らげた。

(妹モード……?)

 ちょうどそのタイミングで妹の美玖が合流する。

「お待たせ」

「遅かったわね、美玖ちゃん。一組はホームルームが長引いてたようだけど……」

「教室にボーイズラブの同人誌が落ちてて、ちょっと……ね」

 聞いてはいけない気がしたので、さらっと流す『僕』。

「全員揃ったし、ミーティングを始めようか。美玖はキュートへの連絡、よろしくネ」

「了解」

 プロデューサーらしく胸を張って、『僕』はアイドル会議を仕切り始めた。

 S女子高等学校の一年三組に属する里緒奈、菜々留、恋姫、そして神出鬼没のキュートは、人気アイドルグループ『SHINY』のメンバーなのだ。

 『僕』はそのプロデューサーを、妹の美玖はマネージャーを務めている。

 そもそもの発端は、『僕』が魔法使いの一族であることだった。

 いわゆる魔法の世界ことマギシュヴェルトでは、男性が魔法の力を行使することは固く禁じられている。

 しかし『僕』は魔法の才能があることから、特別に修行が認められた。

 修行の内容は、魔法の力でひとびとの役に立つこと。『僕』はSHINYのアイドル活動を通じ、世の中を元気にしようと日々精進している。

 ただし修行の間(厳密には魔法を使う際)、男子の『僕』はぬいぐるみの姿でいなくてはならなかった。

 それほどにマギシュヴェルトは、男性が魔法を使うことを警戒している。

 とはいえ、マギシュヴェルトでも大抵『僕』はこの姿で生活していたため、今さら困ることもなかった。

 背丈は50センチでも空を飛べるし、お風呂もベッドも広く使える。

 妹の友達である里緒奈・菜々留・恋姫は、そんな『僕』のことを本当に『魔法使いの妖精さん』と思っていたのだとか。

 ひょんなことから『僕』は人間の男性であることが三人にバレてしまい……三股交際のような修羅場と、袋叩きを経て、現在に至る。

「世界制服は順調だけど、はっきりとした目標もあったほうがいいと思ってさ」

 プロデューサーの『僕』が目配せすると、メンバー全員が頷いた。

「Pクン、目標って? リオナを本気にさせてくれるやつ?」

「もちろんだよ。今年の夏は出場しよう――アイドルフェスティバルに!」

 里緒奈が歓喜の声をあげる。

「アイフェスっ? リオナたち、あのアイフェスに出場できるの?」

 菜々留や恋姫も陶然とした表情で。

「アイドルフェスティバルだなんて……去年のナナルたちじゃ信じられないお話ねえ」

「それだけP君が有能ってこと、ですよね? ……腑に落ちませんけど」

 怜悧なマネージャーの美玖でさえ少し声を震わせた。

「アイフェスで成功すれば、名実ともに人気アイドルの仲間入りね。ただし……成功すれば、の話でしょうけど」

「まあね。そこがアイドルフェスティバルの厳しいところさ」

 人気のアイドルグループが一堂に介する夏の祭典、アイドルフェスティバル。

 その出場枠を巡って、数多のアイドルが熾烈な競争を繰り広げているのは、もちろんのこと。かろうじて出場できたとしても、お膳立てで終わるパターンが多かった。

 アイドルフェスティバルのステージは、知名度や人気ぶりによって出演時間が決まる。これが5分(1曲)程度では、上位のアイドルに『食われる』わけだ。

 アイドルごとの実力や人気のほどが如実に表れるため、生半可な力では、念願の出場がかえってイメージダウンに繋がることさえある。

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