第191話
ぬいぐるみの『僕』は跳び箱の上で仰向けになり、大きく息を吸い込んだ。
「僕がフォローするから、挑戦してみて。じゃあシホちゃんから」
「やった、一番乗り! 行くね? P先生」
一番手のシホが元気よく手を挙げ、スタートの位置につく。
そしてダッシュ……するも、跳び箱までの歩数を意識しているのか、いささか足の運びがぎこちなかった。踏切板を踏んでの跳躍も、少し勢いが足らない。
そこでこそ『僕』の出番だ。
「~~~っ!」
自らクッションとなり、シホの身体に弾みをつけてやる。
その甲斐あって、シホは難なく高めの跳び箱を攻略できた。着地も綺麗に決め、クラスメートが拍手を鳴らす。
「今の、ちゃんと自分で跳んだみたい!」
「その感覚が掴めたら、サポートなしで跳べるようになるよ。シホちゃん」
「次、私っ! P先生、私もお願いしまーすぅ!」
おかげで挑戦者は続々と増え、『僕』の跳び箱には長蛇の列ができてしまった。
彼女らが跳ぶたび、『僕』は紺色のブルマと相対する。
「ふもっふぉお?」
「やぁん、飛び損ねちゃった? P先生、ごめんなさーい」
アシストしても勢いが足らず、ブルマの女子が『僕』の顔面で馬乗りになることも。百八十度まで開かれたブルマ・アングルが、『僕』の視界を埋め尽くす。
香りも極上だった。
(ミキちゃんのはラベンダーの……)
汗をかく体育の授業で、年頃の女の子が無頓着でいるわけがない。ラベンダーやミントの芳香が肉感的なフトモモと相まって、無限の魅力を醸し出す。
(そうだ、SHINYの世界制服……もっとブルマも要るんじゃないか? このアングルで撮ったら完璧だぞ、きっと)
アイドル活動のヒントまで得られてしまった。
その後も『僕』は跳び箱の最上段となって、生徒たちのジャンプをお手伝い。文字通り身体を張って、ブルマの圧迫に耐える。
やがて妹の美玖がスタートラインに立った。
「今度は美玖だね。いつでもいいぞー」
「……」
美玖は無言のまま、前傾姿勢で『僕』の跳び箱を見据える。
スタートダッシュには微塵も躊躇いがなかった。揺れる爆乳にも構わず、一直線に跳び箱へ迫ってくる。
ところが踏切板を踏むも、美玖は脚を広げなかった。
逆に膝を閉じ、『僕』のボディーに直撃。
「んばぶっ?」
「いい加減にしてったら、変態!」
見事なニードロップだった。
S女の隣(プールの隣)に『僕』たちSHINYの住む寮がある。
里緒奈がぬいぐるみの『僕』を見据え、呆れ返った。
「一組の授業で美玖を怒らせるの、これで何回目なの? Pクン」
「本当に懲りないのね、Pくんったら」
「うっ」
菜々留も穏やかな口調とは裏腹に手厳しい。
とりわけ恋姫は『僕』への冷たすぎる視線を憚らなかった。
「以前はどうして美玖が、P君にああも怒るのかわからなかったんですけど……人間の男の子なら、軽蔑されて当然ですよね? P君」
さり気なく『怒る』が『軽蔑する』にグレードアップしているあたり、恋姫の物言いに慈悲はない。テーブルの真中でぬいぐるみの『僕』は頭を垂れる。
「ご、ごめん……この姿だと、ハイになっちゃう部分があって、その……」
「ハイ、ねえ」
そうやって反省の意を示したところで、恋姫の追及は止まらなかった。
「大体、なんで女子校の体育教師なんですか? プロデュースに集中してください」
菜々留や里緒奈も口を揃える。
「そうよねえ。英語や数学の教師でもよかったわけだし」
「ちゃっかり水泳部の顧問までしてるの、なんで? やっぱり変態なの?」
「ち、ちがっ! ちゃんと理由があって、こうしてるんだって!」
変態(仮)の悲痛な弁明が木霊した。
しかし『僕』がSHINYのプロデュースと並行してS女に勤務するのも、体育教師を選んだのも、水泳部の顧問を担当しているのも、すべてに理由があった。
認識阻害――その魔法を用いることで、ぬいぐるみの『僕』は誰にも違和感を抱かれずに堂々と行動することができる。
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