第150話

 土曜日は朝から実家で労働に励む。

 『僕』の家は祖父の代から続く洋菓子店だった。最初は喫茶店だったのを、両親が半分ほど改築。ケーキは店内で食べるもよし、お持ち帰りするもよしのお店に。

 父はいわゆるオーナーの立場で裏方に徹していた。表向きは母が店長を務め、現場の指揮を執っている。

 その母が今朝も『僕』の給仕スタイルを眺め、ほうと感心した。

「はあ~っ! 兄さんの若い頃にそっくり……血は争えないのねえ。うふふ」

「母さんのお兄さんって、オカマバーのママさんでしょ……」

 『僕』の女顔は母の家系からの遺伝らしい。

 なかなか背が伸びないのも、目線の高さが同じ母のせいかもしれなかった。母親にしては妙に若作りなせいで、よく『僕』の姉に間違えられる(本人は喜んでいるが)。

 週末は忙しくなるため、バイトも何人か雇っていた。

「お待たせ~!」

「……おはよう、王子くん」

 四葉と茉莉花がフリル満載のメイド服で現れる。

「おはよう! ふたりとも、今日もよろしく」

 つい声が弾んでしまった。

(カラットとジュエルのメイドさんだよ! ピンナップになってたやつのコスプレ……可愛いなあ……)

 憧れの変身ヒロインたちのご奉仕スタイルから、目が離せない。

 お約束の絶対領域をアピールするため、スカートは丈が極端に短かった。歩くだけでも豊かな胸が揺れ、お尻の動きも見て取れる。

 ふたりは『僕』の紹介あって、この店で働いていた。

 バンガロー風の内装と色鮮やかなケーキは、どちらかといえば女性向け。L女学院から近いため、生徒で賑わうことも多い。

 ほかにコーヒーの販売も並行するなど、サービスは多岐に渡った。おかげで『僕』の実家はそこそこの好評を博している。

「明日は一緒に買い物に行かない? 王子くん」

「着せ替え人形にするのは、やめてよ」

 やがて開店の時間となった。

 ホールは四葉と茉莉花が担当し、『僕』は注文ごとにケーキやパフェを用意する。ケーキは朝一で焼きあがっているが、パフェはグラスに盛る必要があった。

 四葉の朗らかな声が響き渡る。

「いらっしゃいませー!」

 彼女は社交的で愛想がよく、受けも上々。皿やグラスを割るようなミスはあるものの、仕事中は決してにこやかなスマイルを忘れなかった。

 その一方で茉莉花は淡々と業務をこなす。

「ご注文をどうぞ。……また来てくださったんですね、お客様」

けれどもまれに綻ばせる笑顔が、客の間で『可愛い』と噂になっていた。

(四葉ちゃんと茉莉花ちゃんがガチで戦ってたなんて、信じられないなあ……)

 ふたりは小学生の頃、『魔法少女プリティー&キュート』に則った変身ヒロインとなり、激戦を繰り広げたという。

その時は茉莉花が暗黒の力で暴走したのを、四葉が食い止めた。

 それだけに、ふたりとも戦闘のセンスは『僕』と段違い。メグメグもふたりには絶大な信頼を寄せていた。

 お昼に近づくにつれ、お店も忙しくなってくる。

「週末が晴れるのも久しぶりだもの。お客さんも溜まってたみたいね」

「明日は私たちがいなくても、大丈夫なの?」

「シフトは足りてるから。……っと、またお客さんだ」

 不意に後ろから茉莉花の手が伸びてきた。

「待って。エプロン、解けてるから」

「ほんと? ありがと」

 従業員のひとりとして、仕事中は『僕』もミニスカートを余儀なくされる。

(なんで男子用の制服はないんだろ……)

 もちろん下着も女性のもので、見えはしないかと不安になった。

 しかし『僕』の本音など意に介さず、お姉さんたちはコーディネイトを楽しむ。

「もっと髪が長くなったら、たくさんヘアアレンジしてあげるのに~」

「まだ切っちゃだめなの? これ」

「絶対だめ」

 そのうえ、『僕』にはもうひとつ大事な役目があった。

 噂を聞きつけたらしい学院の生徒が、タイミングよくやってくる。

「間に合ってよかったー!」

「ねえねえ! 王子のイベントは?」

「もうすぐよ。お茶でも飲んで、待っててー」

 『僕』は一旦、更衣室へ押し戻されてしまった。

(はあ……メイドの次はコスプレかあ)

 そこでスクール水着に着替え、ユニゾンダイヤに変身する。

 紺色のスクール水着がみるみる真っ白に染まった。グローブやブーツも彩りを添え、華やかなバトルスタイルとなる。

 ただしアニメと違い、スカートも追加された。

 それでもサイドは透明のパレオしかないため、角度次第では見えるかもしれない。

「っと、そうだ。認識阻害の魔法は切っとかないと……」

 ユニゾンダイヤとしてお店に参上すると、お客さんたちは大いに沸いた。

「きゃ~! ユニゾンダイヤよ、ダイヤ!」

「王子ってば、ハマりすぎ! こっち向いて~!」

 認識阻害の魔法がなくてはカメラを遮断できず、『僕』はコスプレ姿を撮影されまくる。おまけに『星装少女ユニゾンヴァルキリー』のOP曲(カラオケ仕様)も流れ始めた。

「それではご来店のみなさまに感謝を込めて! ユニゾンダイヤ、どうぞ!」

 がちがちに緊張しながらも、『僕』はマイクを握り締める。

(なんの罰ゲームだよ~!)

 これが『僕』のお店で今、一番人気のイベントだった。

 看板娘が星装少女のユニゾンダイヤに扮して、歌ってくれる――しかし楽曲のレベルが高くて、『僕』の歌唱力では難しすぎる。

 それでもお客さんは喜んでくれた。

「見応えあるわあ~! 一生懸命歌ってるのが、そそるのよね!」

「うんうん! 頑張ってコスプレしてますってところが、新鮮なんでしょ」

 この企画を発案した四葉も、満足そうに笑みを深める。

「お疲れ様。可愛かったわよ、とっても」

「そんなふうに言われても……」

 スカートを押さえつつ、『僕』は小さな足取りでカウンターの裏へまわった。

 お客さんがひそひそと囁く。

「ひょっとしたら、例の『本物』だったりして……?」

(ぎくっ!)

 肝が冷えたものの、噂は『僕』の嫌な予感を裏切ってくれた。

「それはないってば~。王子、あんなに恥ずかしがってるんだもん」

「本物だったら、もっと堂々としてるか」

 あくまで『僕』の恰好はコスプレ。その評価に安心する。

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