第189話

「アイスよりホットのほうがよかったかもしれませんわね」

「わかる気がするよ、それ」

「ダイヤが勝手にアイスって言ったんじゃないの」

 半分ほど食べた頃、新しいグループがお店に入ってきた。

「すみませーん! モンブランの整理券あるんやけど、すぐ座れるんかなあ?」

「はい、こちらへどうぞ。四名様、ご案内~」

 聞き覚えのある方言にどきっとする。

(もしかして……?)

 メグメグとミルミルも手を止め、表情を強張らせた。

 四葉、茉莉花、紫苑、胡桃が『僕』たちのテーブルを横切っていく。

(ちちっ、ちょっと、ダイヤ? どうしてここに四葉や茉莉花がいるのよ?)

(声が大きいってば。ふたりとも、静かに)

 幸いにして『僕』は通路に背中を向けていたおかげで、気付かれなかった。メグメグとミルミルも人間のほうの姿では四葉たちと面識がないため、やり過ごせる。

 こちらから声を掛け、合流――という選択肢はなかった。

(こんなところを紫苑や胡桃に見られたら、七課の司令官としての威厳が……)

 まだメグメグやミルミルは多少恥をかく程度で済む。

 だが、『僕』はわざわざ女の子の格好でお出かけ。ミニのスカートまで穿いて、傍目には女の子のおしゃれを満喫してしまっている。

 おまけに胡桃との約束を断っておきながら、他所の女の子と一緒にケーキ、と来た。

(まずいぞ……ど、どうしよう?)

 モンブランの味も忘れ、『僕』は真っ青になる。

 ここで見つかろうものなら、お仕置きは必至だった。そのあとはブティックで着せ替え人形にされるに違いない。

 とりあえず『僕』はアイスティーで喉を潤わせた。少しは冷静になった頭で、この窮地を切り抜けるための手段を模索する。

 四葉たちはパーテーションの反対側におり、油断はできなかった。

 こちらは目配せで合図を取りつつ、壁越しに耳を済ませる。

「よく朝一で並んだわね、胡桃。早かったんでしょ?」

「八時の時点で、もう十五人くらいおってなー」

 早朝に並んで整理券を獲得したのは、胡桃らしい。

「休日だけは早いな、お前は……」

「でも胡桃、今日は王子くんとお買い物って、言ってなかった?」

「それがなあ、急にキャンセルされてもーて……だから、その腹いせも兼ねてな」

 メグメグとミルミルの視線が俄かに冷たくなった。

(ダイヤ、あなた……)

(胡桃ちゃんのほうは断れって言ったの、ミルミルじゃないか)

 四葉の何気ないぼやきも『僕』を責める。

「ひょっとしたら学院の女の子と……なぁんてことかもしれないわよ?」

「わ、私たちにあれだけのことをしておいてか……? 見下げ果てたやつだ」

 紫苑は真に受け、憤った。

 それを胡桃が楽しそうに茶化す。

「今や名実ともに学院の王子様やもんなあ。案外、私ら以外にもお世話になって……」

 四葉と茉莉花の声が同時にトーンを落とした。

「隠れて浮気……だったら、どうしよっか? 茉莉花」

「実戦形式のトレーニングでいいと思うわ」

 『僕』は恐怖で身震いする。

(ひい~っ! なんでまた、僕のことを話題にするわけ?)

 もちろんトレーニングなど建前に過ぎず、問答無用で必殺技を叩き込まれるのは、想像に難くなかった。薄情なメグメグはスケープゴートに『僕』を考え始めている。

(私たちはダイヤに連れ出されてってことに……無理があるかしら? ミルミル)

(ダイヤを囮にして逃げるほうが、、早いのではありませんこと?)

 味方なんてひとりもいなかった。

 やがて四葉たちの席にもモンブランが登場する。

「きゃ~っ!」

 あわや悪口大会だったムードは、瞬く間に消し飛んだ。

 楽しげにケーキを切り分け、乾杯する。

「あれ? 紫苑はブラックコーヒーなのね」

「変かな……格好つけて飲んでるわけでは、ないんだが……」

「そんなだから、一年生がお熱になるんやでー」

 パーテーションのこちら側で、『僕』たちはほっと胸を撫でおろした。

「ふう……。あっちは全然、気付いてないみたいだ」

「名前を呼んだりしなければ、大丈夫よね。私たちも食べましょ」

 隣のテーブルからプレッシャーを感じつつ、残りのモンブランを平らげていく。

「ほかのケーキも美味しそうですわ。また来ませんこと?」

「それって僕も?」

「当たり前じゃないの。こんな可愛い子とお出かけして、何が不満なのよ」

 不意に向こうで四葉が呟いた。

「……ねえ? 今、メグメグの声が聞こえなかった?」

「ケータイとちゃう?」

 『僕』たちは口を噤んだ拍子に、ケーキを喉に詰まらせる。

(そうだった……! 声はまんま、なんだっけ)

 迂闊な会話はほどほどにして、お目当てのモンブランを楽しむことに。 

(窮屈ねえ。まったく……タイミングが悪いったら、ないわ)

(しばらくの辛抱でしてよ。せっかくですもの、ケーキも存分に堪能しませんと)

 一方、四葉たちはまたも『僕』を話題にし始めた。

「で……みんなは王子クンと、どこまで行ってるの?」

「んぐっ? よ、四葉……?」

 紫苑と同じタイミングで『僕』のほうも噎せそうになる。

(ちょっ、四葉ちゃん? 何言って……)

 メグメグとミルミルの視線がまた冷ややかになった。

(あなたねえ……)

(私の七課まで巻き込まないで欲しいですわ)

 『僕』は女の子の顔で赤面する。

(いやその、最後までってことは一度も……ほ、ほんとだってば!)

 けれどもニギニギで自主規制は一度や二度ではなかった。今にも赤裸々に曝露されそうで、もうモンブランや紅茶どころではない。

「出撃のあとはツラそうやもんなあ、王子。それは紫苑も知ってるやろ?」

「そ、そうだが……ケーキを食べながらする話か?」

 四葉は余裕たっぷりに断言した。

「やっぱり王子クンはカラットが一番好きなのよ。変身して欲しいって、おねだりだってしてくるんだもの」

 負けじと茉莉花も同じニュアンスを被せてくる。

「私もふたりきりの時はジュエルに変身してから……か、可愛いって……」

「私だってチャームやで? お部屋デートは」

 さらに胡桃にまで口を揃えられ、紫苑はしどろもどろになった。

「お、お前たち? いくら闇落ちを抑えるためとはいえ、もう少し節度を、だな……」

「そういう紫苑だって、ちゃっかりユニゾンブライトに変身してたじゃないの」

 全員の告白を一通り聞き終え、四葉がまとめに入る。

「まあ何だかんだ言って、私たちにはぞっこんよね、王子クンは。……まさか、私たちに内緒で、ほかの子とデートなんて……絶対にないわよねえ?」

 その言葉を皮切りに全員が立ちあがった。

「ありえないわ。王子くんに限って」

「そやで~。今日はたまたま、ほんとーに都合が悪くなっただけや」

「私も鬼ではない。弁解のチャンスくらいはやるとしよう」

 そしてこちらのテーブルへまわり込んでくる。

(ももっもしかして、最初から……?)

 メグメグやミルミルが青ざめ、絶句する中、『僕』は眼鏡に一縷の望みを託した。

「あ、あのぉ……どちら様で?」

 肝を冷やし、ありありと声を裏返しながら。

 いつぞやの黒い笑みが『僕』を上から目線で嘲笑した。

「まだばれてないと思ってるの? 王、子、ク、ン」

「朝並んでる時に、似てるな~って思ったんや。案の定やったなあ……」

「私が頼んでも、女の子の服は着てくれなかったくせに」

「本音が漏れてるわよ? 紫苑。でも同感……本当は女の子になりたかったのね」

 何しろ今日の『僕』は胡桃との約束をキャンセルしてまで、他所の女の子たちと一緒にケーキを満喫。しかも、散々嫌がっていたはずのスカートを穿いて。

「ま、待って? これはメグメグが……」

「メグメグなんてどこにいるのよ」

 スイーツのあとは恋人たちの玩具になることが決定する。

「だから浮気じゃないんだってば~!」

「骨は埋めてあげるわ」

「ご愁傷様」

 長い一日だった。






 ※ これとは全然違うお話だけど、

   発売中のエッチな書籍『聖装少女ユニゾンジュエル』もよろしくネ☆


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