第188話
土曜の朝一で用件を済ませてから、『僕』は待ち合わせの場所へ急ぐ。
「少し遅刻よ? ダイヤ。何やってたのよ」
「レディーを待たせるなんて、信じられませんわ」
メグメグとミルミルは駅の改札を出たあたりで涼んでいた。まだ朝の十時過ぎとはいえ、夏だけに気温の上昇は早く、直射日光も痛いくらいだ。
「ごめん、ごめん。一旦、出直したりしててさ」
「はあ?」
メグメグが首を傾げると、ネックレスが輝く。
今日のふたりは夏物のコーディネイトを万全に整えていた。薄手のブラウスにフレアスカートを合わせ、爽やかな魅力を醸し出す。
光沢のあるショルダーバッグもほどよいアクセントとなっていた。
一方、ボディーガードであるはずの『僕』は――レース仕立てのチュニックと、ミニのスカート。おまけに少し踵の高いミュールまで履いている。
そのうえで髪型を弄り、眼鏡も掛けていた。
満足そうにメグメグが頷く。
「ちゃんとひとりでも着れたみたいね。女子力が上がってきたじゃないの」
「うぅ……変装ってだけなら、男子の格好でもよかったでしょ?」
残念ながら本日の『僕』のコーディネイトは、あからじめメグメグたちから指示されていたものだった。ミルミルの視線も『僕』を靴の先まで吟味する。
「変装のためだけではありませんわ。一緒に歩くんですもの、あなたにも相応の格好をしていただかないと……まあ80点といったところかしら」
一端の紳士として彼女たちをエスコート、という夢は脆くも崩れ去った。
同時に『僕』は危機感を抱く。
(まずいぞ……女の子のカッコしてるのが、だんだん当たり前になってるような……)
頬や顎を撫でても、髭が生えてくるような気配は微塵も感じられなかった。
それもそのはず、『僕』の身体には今、アニメの登場キャラクターである『ユニゾンダイヤ』のイメージが反映されている。
中性的な顔立ちも、妙に高い声も、ユニゾンダイヤに影響されてのもの。
このままでは名実ともに『女の子』になってしまうのでは――そんな焦りがあった。
現に四葉たちはアニメのイメージをもろに受け、百センチオーバーの巨乳を育んでいる。それほどにアニメのキャラクターからの『逆流』は恐ろしかった。
歩きながら、『僕』はメグメグに尋ねてみる。
「ね、ねえ……僕たちがコスプレするアニメ、ほかのじゃだめなのかな?」
「だめよ」
メグメグは先に結論を即答したうえで、まくし立てる。
「大勢の人間が認知してる『人気作』でなくっちゃいけないの。それにユニゾンヴァルキリーのイメージなら、バトルへの応用も簡単でしょ」
「ここまで好条件の揃った作品、なかなかありませんわよ? 大事にしませんと」
「そういえば……公式のほうから、イベントのオファーがあったわね」
おまけに今や『僕』たちはアニメの公式サイドと手を結び、イベントやコンサートへの友情出演が企画されていた。当分はユニゾンダイヤの役を降りられそうにない。
「いやでも、少年漫画にだって人気作は……」
「こっちは女子ばっかりなんだから、少年漫画とじゃ相性が悪いったら」
そんな話をするうち、目的の洋菓子店へ辿り着いた。
「あっ、ここよ! 雑誌に載ってたお店だわ!」
しかし『僕』は入店せず、メグメグたちに待ったを掛ける。
「とりあえず今は場所の確認だけね。僕たちは一時からなんだ」
「え? どういう意味ですの?」
出鼻を挫かれ、メグメグとミルミルはご機嫌斜め。
「お店は十時から開いてるじゃないの。ほら」
「でも、その立て札に書いてあるでしょ」
「……?」
確かにこの洋菓子店は、朝の十時から営業を始めていた。しかし目玉商品のモンブランは数量限定のため、先に整理券を獲得しておかないと、注文できないのだ。
『僕』が朝一で行った時には、すでに十人以上が並んでいた。
「ダイヤ、あなた……朝から並んでくれてたの?」
「まあね。喫茶店でバイトしてるから、こんなことだと思ってさ」
「そういうことでしたら、私もダイヤにお任せしますわ」
初見で整理券を確保できたのだから、運はよい。
ただし予約の午後一時まで、まだ二時間以上もあった。何時になるかは整理券の順番次第だったため、『僕』にもプランはない。
「どうする? メグメグ、ミルミル。外は暑いし、どこかに入ろっか」
「モンブランがあるから、何か食べるわけにはいかないわね」
しばらく適当に時間を潰すことに。
まさかの面子でカラオケを終え、洋菓子店へ戻る。
休日のお昼過ぎだけあって、やや混んでいたものの、整理券のおかげで窓際の席をキープすることができた。
「いよいよケーキね! すぐに持ってきてくれるんでしょ?」
「その前に飲み物を注文しようよ」
気の逸るミルミルたちに代わって、『僕』はウェイトレスを呼ぶ。
「ミルクティーと……あ、全部アイスで」
「少々お待ちください」
あとは噂のモンブランにご登場いただくだけ。
「ふたりには色々迷惑掛けたし、今日は僕が奢るよ」
「当然でしょ?」
「ええ。当然ですわ」
「……はあ」
やがて特大のモンブランが運ばれてきた。
ホールケーキくらいのボリュームには『僕』も圧倒される。
「おおおお~っ!」
メグメグは瞳を爛々と輝かせた。
「すっごぉ~い! 写真で見たのより大きいんじゃない? ねえ、ダイヤ」
「食べるのがもったいないですわ……ごくっ」
ミルミルもお嬢様ぶってはいられず、生唾を飲み込む。
「先に一枚、撮らせてよ」
「じゃあ、私と一緒に撮らせてあげる」
ケータイで撮影に興じているうち、紅茶も出揃った。
『僕』はモンブランを三等分して、それぞれのお皿へ慎重に移す。
「綺麗なマロンブラウンだね。栗って秋のイメージだけど……」
「モンブランは『うず高い山』という意味でしてよ」
チョコレートのプレートは半分に割り、メグメグとミルミルに献上した。
「いただきま~す!」
いの一番にメグメグがケーキを頬張る。
「ん~っ、最高! ほっぺが落ちちゃいそうだわ」
途端に締まりのない笑みが綻んだ。
ミルミルもモンブランを味わいながら、うっとりと微笑む。
「ここまで来た甲斐がありましたわねぇ……」
ところがケーキの美味しさにウツツを抜かすせいで、ふたりの変身が頭の部分だけ解けてしまった。女の子の身体にぬいぐるみの顔が現れ、等身を狂わせる。
「おっいし~!」
「ちょっ、ふたりとも? 顔が出ちゃってるってば!」
慌てて『僕』は手鏡を彼女らに向けた。
「や、やば!」
メグメグとミルミルはぎくりとして、首から上を人間バージョンと入れ替える。
「私としたことが……にしても、ダイヤ。可愛い鏡をお持ちですのね」
「え? これは茉莉花ちゃんにもらったやつで……」
いつの間にやら手鏡まで持ち歩くようになっている自分のことが、少し怖くなった。
四葉や茉莉花、L女学院の女子生徒たちと四六時中一緒にいるせいか、スカートにも慣れ、女の子ならではのスキルを着々と身に着けつつある。
今朝も自分で髪を結べてしまった。
(学院のみんなも僕が男子だって、知ってるはずなのに……)
そして休日は友達と一緒にケーキ屋さん。どうやら自覚する以上に『僕』は外見も行動も『女の子』に近づいている。
「ダイヤも食べなさいよ。美味しいわよ?」
「あ、うん。それじゃ……」
けれどもそんな心の葛藤は、モンブランの一口で霧散してしまった。
「美味しいっ!」
「でしょ? 誘ってあげたんだから、感謝しなさい」
今だけは甘党の女の子となって、和気藹々とスイーツを楽しむ。
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