第187話 聖装少女~おまけ~

 ユニゾンダイヤの闇落ち事件も一段落した、ある日のこと。

 今日も今日とて『僕』は女子の制服を着て、L女学院へ通っていた。

「王子クンも入らない? チア部」

「ぼ、僕は一応、水泳部ってことになってるから……」

「これから部活なのね。そっちも頑張って」

 放課後は四葉と茉莉花をチア部へ見送りつつ、プールへ赴く。

 ところが、その道中でメグメグから呼び出しが掛かった。

『あっ、ダイヤ? 実はちょっと……折り入ってお願いがあるのよ。今すぐ司令室まで来てくれないかしら? っと、あなたひとりでね』

 あの自分本位なぬいぐるみが下手に出るのも珍しい。

「わかったよ。すぐに行くから」

『四葉たちに見つかっちゃだめよ?』

 ほかのメンバーに内緒ということは、『僕』の闇落ちに関する続報だろうか。

 少し不安に駆られながらも、『僕』はメグメグのもとへ急ぐ。

 ユニゾンヴァルキリーの司令室ではメグメグのほか、ミルミルも『僕』を待っていた。

「ごきげんよう、ダイヤ。調子はいかが?」

「こんにちは。身体のほうは、あれからもう何ともないよ」

 メグメグとミルミルは机の上で立ち、椅子に腰掛ける『僕』と目線を合わせる。

「急にどうしたの? メグメグ」

「んーと……まずは、この間の検査結果からね」

 司令官のメグメグはぬいぐるみの手で数枚の診断書を差し出してきた。

 その内容は『僕』が先日受けた、精密検査やカウンセリングの結果などなど。

 つい先週まで『僕』ことユニゾンダイヤは闇落ちしてしまい、あわや大惨事を招くところだった。カラットやジュエルが奮闘した甲斐あって、ひとまず収拾はついている。

 その事後処理の一環として、『僕』は検査を受けなくてはならなかった。

 メグメグがぬいぐるみの身体で肩を竦める。

「概ね問題はないそうよ。でも、またいつ再発するとも知れないから。ほんの少しでも不調を感じたら、ただちに私に報告するようにしなさい」

「うん。気をつけるよ」

 診断の結果に目を通し、『僕』はほっと安堵した。

(闇落ちパワーも消えてるし、今度こそ大丈夫だよね?)

 これで事件は一応の落着となる。

「本題はここからでしてよ」

 しかしミルミルは診断結果など気にも留めず、ぬいぐるみの姿で迫ってきた。

「こうしてあなただけを呼び出したのは、ほかでもありませんわ。私たちの私用に少々、付き合っていただきたいんですの」

 似たような格好でメグメグも口を揃える。

「そうそう! 次のお休みにね。ダイヤ、別に予定とかないでしょ?」

「ううん。胡桃ちゃんと買い物に……」

「そんなのキャンセルしなさいったら。私と七課の戦士、どっちが大事なわけ?」

「ちょっと、メグメグ? あなたより私の部下のほうが……」

 途中でメグメグとミルミルの口論が入ったものの、用件はわかった。

「……ケーキ屋さんへ?」

「四葉たちには内緒よ。絶対に内緒」

 秘密の任務でも伝えられるものと身構えていた『僕』は、いささか拍子抜けする。

「ケーキくらい、いつもみたいに僕が買ってくるよ」

「いつもなら、ね」

 ところが今回に限って、メグメグは『僕』にお遣いを命令しなかった。ミルミルと目配せしつつ、フルカラーの情報誌を広げる。

「このページの……これよ! これを食べてみたいの」

 大スクープのように掲載されているのは、大きなモンブランだった。某有名菓子店の目玉商品で、祝祭日は三十個限定。持ち帰りは不可とある。

 甘いもの好きのメグメグが、これを見逃すはずがなかった。

「ねっ? ダイヤも食べてみたいでしょ~」

 しかし面と向かっては頭を下げず、『僕』をその気にさせようと煽ててくる。

 ミルミルも一緒になって猫撫で声をあげた。

「慣れない街で私たちだけでは、迷子になっちゃいそうですもの。それに男の子のダイヤなら、ボディーガードにもぴったりと思いまして……どうかしら?」

「……僕が?」

 乗せられていると、頭ではわかっている。

 しかし普段から女の子の格好を強要され、女子校にまで通っている『僕』にとって、これは無下にできない誘いとなった。

「男の子なら、こーいう時はエスコートするものよ? ダイヤ」

「両手に花の気分を味わわせてあげますわ。んふふふ」

 男の子扱いされては、断ることなどできない。

「わ、わかったよ。胡桃ちゃんのほうはキャンセルするから」

 『僕』が折れると、メグメグとミルミルはハイタッチで喜びあった。

「それでこそダイヤよ! ほらね? ダイヤは聞いてくれるって、言った通りでしょ」

「もちろん胡桃や紫苑には内緒でしてよ? ダイヤ」

 やはり体よく乗せられてしまった気はする。

 そもそもメグメグやミルミルは立場上、この世界への不用意な干渉を禁止されていた。だからお菓子を食べたい時は、下っ端の『僕』を走らせている。

 今度の週末は、この規則をこっそり破るわけだ。

 また一流の司令官として、単なるお菓子目的で出歩くことを、部下に知られたくもないのだろう。メグメグもミルミルも行動原理はお子様の割に、プライドは高い。

(……まあいっか。闇落ちではふたりにも迷惑掛けちゃったんだし)

 メグメグたちの要望を受け、『僕』は腕組みを深めた。

「でも、どうやってお店に入るの? その姿じゃ、お客さんには見えないよ?」

 メグメグとミルミルは得意満面に胸を張る。

「あのねぇ、ダイヤ? これは作戦遂行のためのフォームであって……ちゃあんと人間っぽいフォームにだってなれるんだから」

「百聞は一見に如かず、とも言いますものね。お見せしますわ」

 二体のぬいぐるみが宙返りするや、眩い光が生じた。

 間もなく光は消え、『僕』は両目を点にする。

「あ、あれ……?」

 いつの間にやら、目の前にはふたりの女の子が立っていた。

 ワガママそうなのがメグメグで、いかにも高飛車なのはミルミル。

「ふふん。意外にオトナっぽくって、びっくりしたでしょ」

「お洋服だってたくさん持ってますのよ。これは仕事着ですけど……」

 ただ、容姿年齢のほうは童顔の『僕』よりまだ幼い。せいぜい中学一年生くらいか。

「四葉ちゃんや茉莉花ちゃんは知ってるの? こんなふうになれるってこと」

「知らないはずよ。だから堂々と出歩けるわ」

 メグメグは軽やかにターンを決める。

 髪をかきあげるミルミルの仕草も、さまになっていた。

「ですけど、ダイヤと一緒のところを胡桃や紫苑に見られては、少々、まずいかもしれなくてよ? メグメグ」

「確かに……万が一って可能性も……」

 美少女となったふたりが、『僕』の格好をしげしげと眺める。

 当然『僕』が着ているのはL女学院の制服で。

「あのぅ……メグメグ? ミルミル?」

「変装させたほうがいいわね」

 週末の運命は決まった。

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