第182話

 だが花組ペアも負けてはいない。

「四葉!」

「オッケー!」

 阿吽の呼吸で、四葉が前に出たら茉莉花は下がる、茉莉花が右に寄ったら四葉は左へ入る。そのコンビネーションには紫苑とて大いに手を焼いた。

「くっ? また崩せなかったか」

「どっちもハイレベルでまとまってるからなあ」

 ビーチバレーは相手ペアの弱いほうに受けさせて、弱いほうに撃たせるのが定石。しかし四葉と茉莉花の連携はバランスが取れており、片方が弱点とならない。

 逆に星組ペアの好守ははっきりとしていた。

「そこだわっ!」

「あ? 紫苑、堪忍やで」

 胡桃がレシーブに入れば、そのターンは彼女が変化球を狙ってくる。同様に紫苑に受けさせれば、次の攻撃は紫苑らしい直球となった。

「読まれてるってば、紫苑さん!」

「し……しまった!」

 かといって急にプレイスタイルを変えては、ミスが目立つ。

 ますます白熱する試合を眺めながら、『僕』はにやりと唇を曲げた。

(……そろそろかな?)

 ギャラリーは全員が今、四葉たちに注目している。この時を待っていた。

 『僕』が指を鳴らすと突然、足場のボードが崩れ落ちる。

「きゃあああっ?」

 試合に熱中していた四葉たちは、吸い込まれるようにプールへ沈んでしまった。

「えっ? コートがなくなっちゃったわよ?」

「どうなってるの? 出てきた時も、びっくりしたけど……」

 十秒と経たないうちに、茉莉花や胡桃がプールサイドへと這いあがる。

「いきなりどうして……あっ?」

「や、やば……!」

 四葉と紫苑も水面を抜け、摩訶不思議な姿を露にした。

「……え?」

「変身してる、だと……?」

 プールの中から出てきたのは、噂の美少女戦士たち。ユニゾンカラット、ユニゾンジュエル、ユニゾンブライト、ユニゾンチャームが純白のスクール水着を照り返らせる。

 グローブも、ブーツも、リボンも、すべて星装少女のもの。『僕』が首輪を通して、彼女たちを強制的に変身させたのだ。

 唐突なコスプレにギャラリーは目を点にする。

「なんで……ま、茉莉花さんよね? あれ」

「紫苑さんがユニゾンヴァルキリーの恰好に……どういうこと?」

 認識阻害の魔法は働いていなかった。

粘っこい環視に晒され、カラットやジュエルは赤面する。

「こ、これは……あの」

「コスプレってわけじゃないの。り、理由が……」

おまけに認識阻害の魔法がなくては、カメラを遮ることもできない。

 ひとりの女子が声をあげた。

「ねえ? ひょっとして……四葉たちが変身してたんじゃない? 例の本物」

 この状況では真実味のある意見が、ギャラリーに波を起こす。

「ええええ~っ!」

 とうとう『本物の星装少女』の正体がばれてしまった。

四葉はユニゾンカラットで、茉莉花はユニゾンジュエル。さらには紫苑がユニゾンブライト、胡桃はユニゾンチャームという事実が。

「コスプレじゃなくって? あの怪獣と戦ってる本物なんだ?」

「胡桃さんはコスプレでわかるにしても、紫苑さんまで……信じらんな~い!」

 ただ驚きはされても、否定的な感情はなかった。ユニゾンヴァルキリーたちは命懸けで戦い、街を守ってくれているのだから、むしろ歓迎される。

「いいじゃん、いいじゃん!」

「いつから? アニメに合わせて活動してるわけ?」

 今にも全員が星装少女らのもとへ殺到しそうになった。ところが、またひとりの女子が洞察力を光らせる。

「ちょっと待って……ユニゾンヴァルキリーって、もうひとりいるでしょ? ほら」

「ユニゾンダイヤ? あっ、もしかして……!」

「ご名答」

 その期待に応え、『僕』も変身した。

 ユニゾンダイヤとなり、スクール水着は聖なる白色に保つ。

「隠しててごめんね。僕たち、本物のユニゾンヴァルキリーだったんだ」

「お、王子クン? どうして……」

 秘密にしてきたのは、皆を戦いに巻き込まないため。にもかかわらず、ユニゾンダイヤは堂々と変身ぶりを披露してしまった。

 そのうえで脚を広げ、スクール水着の間違った『膨らみ』を見せつける。

「男の子……え? じゃあ、ユニゾンダイヤって……えぇと?」

「知ってる! なんか触ったって子が、C等部にいるの」

 あの夜『僕』がモモモを触らせた女の子は、C等部の生徒会役員として傍にいた。

「みんな驚いてますよぉ、ダイヤ様」

「そうだね、桜子ちゃん」

 表の人格が気付かないうちに『僕』は彼女と接触し、ユニゾンダイヤであることを明かしている。今日の段取りも彼女に指示した。

「でも……どうしてユニゾンヴァルキリーが、L女の水泳大会に?」

「うちの生徒だからでしょ? 紫苑さんも茉莉花さんも」

『僕』は不敵にはにかむ。

「気をつけたほうがいいよ、みんな。カラットたちってさ、露出狂の気があるっていうのかな? 同じ快感だの興奮だのを、友達にも押しつけたがる性癖があって……」

 星装少女たちのまとう純白のスクール水着が、濡れることで透け始めた。

「きゃああっ? や、やめて……!」

「こ、こら! また変な魔法、使ったわね?」

 ジュエルは顔を真っ赤にして蹲り、カラットはスクール水着のデルタを両手で隠す。

 気丈なブライトも強気を保っていられず、胡桃はその後ろに隠れた。

「ととっとんでもあらへんで、ダイヤ! こんなん変態や……!」

「本性を現したな? くっ……その程度の男だったか」

 星装少女は四人とも眉を八の字に傾け、恥ずかしさと悔しさを滲ませる。

「もとはカラットとジュエルのふたりでやってて、あとからブライトとチャームも誘ったんだっけ? それで……その」

 唐突な『僕』の暴露、そしてユニゾンヴァルキリーたちのマゾヒスティックな有様。女の子たちはこれを真に受けつつあった。

「じ、じゃあ……王子様にスケスケの水着、着せたくって?」

「男の子なのに? 無理やり?」

 ひとびとを守るはずの美少女戦士が、一転して『変態』のレッテルを貼られる。

「待って! わ、私たちの話も聞いて……」

「最近はアントニウムもすぐやっつけちゃうから、見せる相手がいなかったんだよね」

 女子生徒の心理はすでに『僕』が掌握してしまっていた。

 カラットやブライトは必死に口を開くも、何も言えずに押し黙る。

「こんな辱めを受けようとは……」

「どこまで同人誌、読み込んどるんや? アホぉ」

 エッチな漫画やエロゲーは、空想と現実を混同させる――今の『僕』にとって、それはまさしく真理かもしれなかった。

 星装少女たちは絶体絶命の窮地に立たされる。

「っと、それより水泳大会を続けようか。桜子ちゃん、最初の種目は?」

「自由形の五十メートルでぇーす!」

 とうとう『僕』のスクール水着は真っ黒に染まった。

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