第180話

 『僕』はゆらりと歩み出て、新たなゲームを宣言した。

「この学年には特別に、とっておきの競技を用意してるんだ。クラス対抗でバレー対決なんてどうかな? みんな」

 四葉たちは顔色を変え、『僕』に近づこうとする。

「闇堕ちだわ! 四葉、紫苑!」

「わかっている! 力ずくで押さえ込むぞ……うおっ?」

 しかし衝撃波で跳ね返され、次々とプールへ落ちてしまった。

 彼女らに酷いことをしたはずなのに、胸が高鳴る。

(星装少女……そうだ、僕は星装少女を捕まえた、魔王なんだっけ……?)

 心臓のみならず、全身がどくんと脈打った。

 『僕』はサマーベッドの真中に腰掛け、悠々と脚を組む。

「大丈夫だよ。ちゃんとプログラムは考えてあるし……サバゲーのご褒美、実は今日も用意してあるからさ」

 プールにいないはずのC等部・生徒会の面々が、豪勢なスイーツを運んできた。

「先輩がたの分、お持ちしてま~す!」

「すごい、すごい! 王子様ったら、私たちのために?」

 手品じみた数々の現象に首を傾げながらも、皆は『僕』の提案を受け入れる。

 その一方で、『僕』は星装少女たちにテレパシーを送った。

(楽しませてくれるよね? カラット、ジュエル、ブライト……それからチャームも)

 茉莉花や紫苑の首元に黒い首輪が現れる。

いつの間にやら胡桃まで同じ首輪を嵌められていた。

(な、なんでウチも? まさかダイヤ……)

(ひとりだけ自由だと、フェアじゃないでしょ)

 女の子たちも四葉や茉莉花の武骨な首輪に気付き始める。

「ね、ねえ……あれって?」

「うそっ? あんなの着けてた?」

 今にも透けそうな白いスクール水着だけでも破廉恥なのに、SM仕様の首輪まで嵌めているのだ。見るからにマゾヒスティックな有様には、誰もが一度は目を疑う。

「茉莉花さんって優等生だと思ってたけど、そういう趣味が……?」

「ちっ、違うの! これには理由が……その」

 疑惑はさらなる憶測を呼んだ。

「もしかしたらさあ、王子様にアピールするためじゃなくって……自分が着たいから、あんな恥ずかしい色のスクール水着、着てるとか……?」

「じゃあ……茉莉花さんも変態ってこと?」

 容赦のない言葉が四葉や茉莉花の羞恥心をさらに燃えあがらせる。

「そ、そういうんじゃ……」

 紫苑と胡桃も同じ疑惑に晒され、口ごもった。

「なんとか言ってくれ、胡桃……これでは私もお前も、立場がないぞ?」

「どう説明しろて? この色を……」

 ユニゾンヴァルキリーを虐げるほど、高揚感が込みあげてくる。

(チャームもたっぷり可愛がってあげちゃうぞ)

 もはや『僕』の意志では止められなかった。背徳の水泳大会が幕を開ける。

「さあ! 各クラス、選手を決めるんだ」

 今の『僕』なら、四葉たちの囁くような小声も聞き取れた。

(完全に暴走してるんだわ、王子クン。どうするの?)

(とにかく刺激しないで。みんなを巻き込むわけにはいかないもの)

 実際のところ、闇堕ちしようと『僕』は学院の生徒にさしたる魔法は掛けていない。最初に『スクール水着は制服』と思い込ませたくらいだった。

 男子の『僕』を受け入れろ、好意を抱け、などという暗示は一切ない。色仕掛けじみたアプローチはすべて、女の子たちが本当に自分の意志でやっている。

 魔王となった『僕』には、その理由がわかった。

(まさに時限爆弾……なんてね)

 ニブルヘイム・スリーの影響はアントニウムの強襲に限らない。特にこのU市は境界線に面しているせいで、さまざまな異変を起こしていた。

 L女学院は『僕』が転入した頃から、徐々に影響を受け、生徒たちは魔性に目覚めつつあるのだ。自制心は薄れ、誰もが『王子様』への強い欲求に駆られている。

 むしろ『僕』がいることで欲求が固定化され、安定した――とも言えた。L女学院は危ういバランスの上でぎりぎりの風土を保っている。

 その事実を四葉たちはまだ知らなかった。

(メグメグかミルミルか……どっちでもいい、連絡は取れないか? 胡桃)

(無理や。首輪のせいで、そのへんの力が麻痺してもうとる)

 けれども『僕』はあえて真相を伝えず、笑みを含める。

(ちょうどいいや。反抗してくれないと、こっちも楽しくないからね)

 今まで考えもしなかったことが、自然と頭の中で浮かんだ。

 しばらくして空組や月組の選手が決まる。

「私と胡桃で構わないな? みんな」

「え、ええ……でも本当にそんな水着で?」

 星組からは紫苑が名乗りをあげ、胡桃とペアに。そして花組からも四葉、茉莉花が出場を決め、プレイヤーが出揃った。

 コートとなるボードは中央をネットで仕切られている。

「ルールはビーチバレーと同じだよ。順位ごとに得点もあるからさ」

 女の子たちは楽しそうに笑いながら、プールサイドで観戦にまわった。実際はニブルヘイム・スリーの影響でとち狂った彼女らが、星装少女を取り囲んでいる状況に近い。

 しかし四葉や紫苑は生徒を巻き込むまいと、『僕』のルールに従った。

「試合中は音楽も流すほうがいいかな?」

「ご用意しておりまーす」

「そうそう、学院の行事なんだし、カメラもまわさないと」

「そちらも準備できておりまぁす!」

 C等部の生徒会は『僕』の手足となり、てきぱきと環境を整える。

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