第172話

 ユニゾンチャームこと胡桃は漫画部の所属だけあって、『僕』以上にオタクジャンルの造詣が深かった。年上の割に価値観が近く、『僕』も気兼ねせずにいられる。

「本当なの? ダイヤ」

「ま、まあ……映画に行ったりとか(女児アニメの劇場版だけど)」

 何より彼女は闇落ちした『僕』と意思疎通ができる、唯一の人物だった。あの夜にしても、チャームが『僕』の暴走にブレーキを掛けてくれた可能性が高い。

 にもかかわらず、カラットは『僕』に疑いの目を向けた。

「デートなんかして……まさか、『お世話』してもらってるんじゃないでしょうね?」

「ないよ! 僕とチャームはそんなんじゃ……」

否定するものの、『僕』は後ろめたさを胸に秘める。

エッチな同人誌を紹介してくれたのもユニゾンチャーム。それならエッチなことにも理解が――などと考えてしまうことはあった。

現に『僕』はチャームのスクール水着を意識し始めている。

そんなチャームがにやりと唇を曲げた。

「でも最近、ダイヤもガッコーでおとなしいやろ? プールの授業はアレにしても、我慢してるゆーか……カラットとジュエルもあんま構ってないっぽいし?」

「ち、違うわ。ダイヤが逃げるから……」

「そうなん? けどメグメグも『数値が下がらへん』って、ぼやいとったでー」

 『僕』の闇堕ちは小康状態にある。

 膨張しつつある悪意も、今のところは適度なオニャニャーで解消していられた。しかしチャームが懸念する通り、それは場当たり的な時間稼ぎでしかない。

「ウチらに遠慮して、こそこそヌいてるだけやもん。いっそ思いっきり遊んで発散させてもうたほうが、ええとちゃう?」

「僕のプライバシーにも配慮して欲しいんだけど……」

 へっぴり腰であとずさる『僕』に代わって、ブライトが前に出た。

「だったら、どうしろと? あの薄い漫画みたいな真似は二度と許さんぞ」

「わかってるって。まっ、ウチに任せといてや」

嫌な予感がする。そもそも『僕』にユニゾンヴァルキリーの同人誌を与え、エッチなお仕置きを唆したのも彼女だった。

カラットやジュエルは不安げに頷く。

「いいわよ、チャーム。お手並み拝見と行こうじゃない」

「ダイヤに無理させるようなら、私が止めるから」

「うんうん! 明日はみんなで楽しもうな~、ユニゾンダイヤ」

 そして『僕』にはオニャ禁が言い渡された。

(射×管理される僕って……とほほ)

 プライバシーも男子としての尊厳もあったものではない。


                  ☆


 翌日も『僕』はL女学院のプールで指導に励む。

 来月には水泳大会を控えていた。屋内のプールなので天候に左右されず、C等部・K等部の学年ごとに開催される。

 ようやく全員の参加種目が決まった。

「ねえねえ! 優勝したクラスは夏休み、王子様とお泊まり会ってほんと?」

「し、知らないよ? 誰が言ったの、そんなこと」

 大会を盛りあげるべく豪華な景品が用意されるのも、毎年のこと。去年はL女学院が所有するリゾート地で一泊二日の旅だったとか。

(スケールが大きいなあ……単なる水泳大会だぞ?)

 今年に限っては『僕』の闇堕ちパワーが影響している可能性もあった。水泳大会を前にして、C等部もK等部も息を巻いている。

 種目リストの中には得体の知れないものがあった。

「この『トレインレース』って、なあに?」

「それはねー、五人一組でえ」

 皆と一緒にトレインレースとやらを試しにやってみることに。

 要は電車ごっこと同じで、五人で縦に並んだうえで、一本のロープを持つ。ただしプールの底に足をつけるのは、先頭と最後尾のふたりだけ。

「真中の三人は水の中で、こんなふうに足を組んで……そうそう」

「へえ~。これで競争……ひゃあっ?」

などと頷いている間に、『僕』は前後から女の子に挟まれてしまった。ずぶ濡れのスクール水着がお腹にも背中にも同時に擦れ、心拍数が跳ねあがる。

 しかも後ろの女の子が『僕』の腰に腕をまわしてきた。

「エヘヘ! 特等席~」

「ほら王子様も。私に掴まってぇ?」

おまけに前の女の子はお尻を擦りつけ、『僕』におねだりしてくる。

(これって男子が混ざっちゃ、いけないんじゃ……?)

そうは思うものの、逃げられなかった。否が応にも胸を高鳴らせつつ、『僕』は手前の子のスクール水着へ遠慮がちにしがみつく。

「それじゃあ、出発ぅー!」

ロープで牽引されるとともに波にも揺られ、『僕』はスクール水着で揉みくちゃに。

(ア~~~ッ!)

 おかげで、本日のオニャ禁は早くも風前の灯火。

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