第168話

「だから、ちょっと待って!」

 同人誌をのけ、『僕』はチャームに問いただす。

「これはファンの二次創作っ! そもそもアニメと現実とは、次元が違うでしょ!」

「上手いこと言うやん。確かにアニメは二次元で、リアルは三次元やな」

 ユニゾンチャームは悪びれもせず、ぺろっと舌を出すだけ。

 L女学院のプールでは今、ユニゾンブライトがプールの飛び込み台に拘束され、水に腰まで浸かっていた。

 真夜中のため、『僕』たち以外には誰もいない。

「おっと。同人誌が濡れへんように気ぃつけてや? ダイヤ」

「だったら持ってこないで!」

 チャームと一緒にブライトを追いかけたのが失敗だった。

首輪に支配されていないチャームは、ブライトをあっさり無力化して、ここに拘束。そのうえで『僕』にとっておきの同人誌を見せつけ、現在の状況に至る。

 ユニゾンブライトは『僕』をねめあげ、吐き捨てた。

「見損なったぞ、ダイヤ! 男子でも立派な星装少女なのだと……街を守ってくれてるんだと、少しでも信じた私が馬鹿だった……!」

「いっ異議あり! 僕の話を聞いてってば、ブライトちゃん」

「馴れ馴れしく呼ぶんじゃない!」

 奇しくも同人誌と同じ展開になってくる。なお同人誌のタイトルは『星装少女、恥辱の課外授業~ダイヤ編~』。このシリーズは画力も高く、結構な人気らしい。

 誤解を解くためにも、『僕』はチャームに文句をつけた。

「僕まで巻き込んで、どうしたいんだよ? メチャクチャ怒ってるじゃないか!」

「まあまあ。とりあえず聞いてや、ブライトも」

 そんな『僕』やブライトの怒りを一蹴し、チャームは今回の目的を語る。

「紫苑もさあ、まだまだアニメのユニゾンブライトには遠いなーって思うんよ。戦闘能力はそこそこ上がってきたけど、頭打ち? ゆーかぁ……四葉も昔はすごい魔法少女やったらしいけど、今はそうでもないやろ?」

 『僕』たちの力はあくまでアニメ『星装少女ユニゾンヴァルキリー』を基盤としていた。大勢の想像力をもってして、初めて超人的なアクションや魔法の行使が可能となる。

 ただ、単なる真似では表面的な力しか引き出せなかった。キャラクター性を完璧に投影することでこそ、『僕』たちは本物の星装少女となれる。

 メグメグが『なりきりなさい』と繰り返すのも、このためだった。

 チャームがブライトにびしっと指を突きつける。

「特に! 紫苑は自分の推しやからって、ユニゾンブライトをやけに美化しちゃってる部分があるんや。紫苑にかて心当たりあるんとちゃう?」

「う……だが、ちゃんと私は必殺技も」

「それも見た目が同じってだけで、威力はイマイチやんか」

 同じことは六課の『僕』たちにも言えた。

 四葉も茉莉花も昔ほどにはキャラクターになりきれず、未だに必殺技を発動できていない。一歩上を行くブライトにしても、あの夜は完全に後手にまわっていた。

「……でな? ここいらでパワーアップと思って、考えたんや。ちょうど先週の放送で、ユニゾンブライトもボロ負けしとったわけやし……」

 ブライトは拘束されながらも、チャームの言葉に顔をあげる。

「あのユニゾンブライトが負けた、だと? そんな話、聞いてないぞ」

「そりゃーなあ? 先週の録画……紫苑が勝手に消してもうたからやろーがっ!」

 チャームの怒号は『僕』の真っ黒なスクール水着にもびりびりと来た。

「……ふたりって、一緒に住んでるの?」

「り、寮でな?」

 紫苑は爆弾にでも触ってしまったのように委縮する。

「ほかの録画もや! ひとのアニメは消しといて、自分は格闘技の中継ばっか!」

「戦いの参考になるかと……」

「ウチらが参考にすべきはアニメやの、アニメっ!」

 要するに胡桃(チャーム)は紫苑(ブライト)に仕返しがしたいだけだった。

 チャームは意味深な視線で『僕』を唆す。

「ついでにぃ、さっきのファンの共通理解も大事にして……ダイヤがブライトをお仕置きすれば、パワーアップ間違いなし! なっ? どうや?」

「できるわけないってば!」

 さすがに『僕』も今回は力っぱいに拒絶した。

 こんな復讐の片棒を担がされてはたまらない。首輪が外れたら最後、紫苑ことユニゾンブライトは全力をもって『僕』を叩き潰すだろう。そして暗黒の力から解放されたL女学院で、男子の『僕』に制裁を――想像しただけでもぞっとする。

(ヒイッ! なんとかしなきゃ……!)

 とにもかくにも紫苑を救出するほかなかった。

 しかし闇堕ちバージョンで変身中のせいで、強迫的な欲求が膨れあがる。

(早く助け……でも、ブライトちゃんにお仕置きするチャンスかも?)

 同人誌の展開が次々と頭に流れ込んできた。

 そもそもアニメ『星装少女ユニゾンヴァルキリー』は、『僕』にとって最高のオカズ。とりわけスクール水着の変身コスチュームにはお世話になっている。

 そんな『僕』の耳元で小悪魔が囁いた。

「大丈夫! さっきの同人誌みたく、上手に調教したったらええんや。ユニゾンブライトもダイヤに仕返ししようなんて、思わへんようになるから。ほらほら」

「だ、だめだよ……漫画と現実をごっちゃにするのは……」

 抵抗するものの、心の中からも悪魔がダイレクトに語りかけてくる。

(我慢してたら、僕は学院のみんなをこんな目に遭わせちゃうんだぞ? いいの?)

(そ、それは……星装少女じゃないと……)

 すでに闇堕ちの力はL女学院の生徒全員を蝕みつつあった。行き場のなくなった欲求がまた彼女らの認識を書き換え、さらに事態を悪化させる可能性もある。

「僕がブライトをお仕置きしないと、L女のみんなが?」

「おっ、わかってきたやん。そーそー、今夜のはスキンシップと思って」

 不意に意識が途切れた。

「ダイヤっ? お前、本気で……や、やめろ!」

 ぼんやりとブライトの悲鳴が聞こえる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る