第163話

 L女学院のプール。

 それは体育館の一階に位置する、豪勢な屋内仕様の遊泳場だった。南に面する壁は大半がガラス張りとなっており、夏の陽光がプールの水面までさんさんと届く。

 無論、防衛力は最高レベルだった。

 そもそもL女学院の敷地に足を踏み入れること自体、男性には困難を極める。過去にも侵入を試みたがためにレーザーで焼かれ、警備ロボットに捕獲された男たちがいた。

 駐車場の地下には最新式の戦車も揃っているとか。

 そんな絶対防衛ラインの中にいるとも知らず、女子生徒たちは今日もプールではしゃぎまくっていた。紺色のスクール水着がぐっしょりと濡れ、柔肌に吸いつく。

 そして『僕』はプールの真中で引っ張りだこ。

「王子様ぁ! 次は私に教えて~?」

「ビート板なんかじゃなくって、王子様に引いて欲しいの!」

 女子用のスクール水着なんぞを着用している男子の『僕』に、女の子が次々と抱きついてくるのだ。薄生地越しに柔らかいものが触れるたび、『僕』はどきりとする。

「王子様は朝から泳ぎっぱでしょ? ちゃんと休まないと、低体温症になるわよー」

「そ、そうだね……」

 休憩中もスクール水着の女の子がやってきて、世話を焼いてくれた。C等部生ならまだしも、年上のK等部生には抵抗もままならない。

「冷えちゃったでしょ? 私があっためてあげるぅ」

「あ~ん! 私も、私も~!」

 右からも左からも女の子が前のめりで迫ってきた。ずぶ濡れのスクール水着を『僕』のスクール水着に擦りつけながら、色っぽい吐息を散らす。

(ひ~~~っ! こ、こんなの無理……!)

 おかげでモモモが起きあがり、スクール水着に突っ張ってしまった。

 明らかにおかしい。女子用の水着を着た、変態のもっこり男子が、女の子たちに総出でちやほやされるわけがない。

 だが、今は彼女らに合わせることが『僕』の使命だった。女子生徒をさらなる混乱に巻き込まないためにも、『僕』は文字通りの王子様に徹する。

 中には引っ込み思案の女の子もいた。

「あの……王子様、私も……」

「わ、わかってるよ。こっちにおいで」

 そういった相手には『僕』のほうからフォローして、優しく抱き寄せる。

(どうしよう……だめなのに、柔らかくって……気持ちいいや)

 休み時間になったら一度ヌこう――そんなことまで考えてしまった。

「――ッ?」

 ところが、ふと恐ろしいプレッシャーを感じる。

「楽しそうね? 王子サマ」

「今日は朝からこんな調子なの?」

 サマーベッドで女の子たちと寛ぐ『僕』の前に、いつの間にか四葉と茉莉花が佇んでいた。ふたりとも黒い笑みを浮かべ、『僕』に軽蔑のまなざしを注ぎ込む。

「ヒッ? ま、まさか……この時間って、K等部の……?」

「二、年、花、組。私たちのクラスよ?」

 『僕』としたことが、うっかりしていた。たった今プールで泳いでいるのは、四葉と茉莉花のクラス。にもかかわらず、『僕』は王様気分で女の子たちとべったり。

「いやあの……こ、これには、ほんとに理由が……」

「メグメグに聞いたわよ。『不可抗力で合わせてる』ってことでしょ?」

 四葉の言葉は念を押すようにも聞こえた。

 制服をスクール水着にしたことも、『僕』が日がな一日プールで指導に当たるのも、あくまで不可抗力によるもの。皆の相互認識に負荷を掛けないため、調子を合わせている。

 だからといって、『僕』は決して無実ではなかった。

「きみがこんな男の子だったなんて……最低」

「うぐ……」

 闇堕ちしたとはいえ、これは『僕』自身がやったこと。欲求を満たしたいからと、洗脳めいた手段で学院の生徒全員を巻き込んでいる。

「違うんだよ? 僕は……えぇと」

「説得力ないったら。授業も放ったらかしで、そんなだもの」

 今なお女の子たちは『僕』に頬擦りしたり、抱きついたりしていた。

 四葉がまた黒い笑みを浮かべる。

「だから……ね? そーやってみんなを巻き込まないためにも、お姉さんたちがキミを可愛がってあげようと思ってぇ……そうでしょ? 茉莉花」

「私と四葉が好きなだけイチャイチャさせたげる。……嬉しい?」

 茉莉花の表情も冷笑の色を帯びた。ふたりの笑顔が『僕』の心胆を寒からしめる。

(ひいいっ? 『あとで殺す』ってカオしてるよ、どっちも!)

 これから始まるのは艶めかしいサービスではなく、恐るべきお仕置き――その予感に間違いはなかった。

ただ、彼女らの言うことにも一理ある。『僕』が四葉と茉莉花を選ぶ限り、ほかの女の子たちは『僕』から遠ざけられ、度を超えたアプローチもできないはず。

 今後『僕』がさらに暴走して、今朝の夢のようなことを始める可能性も、ゼロではなかった。その時、一般の女の子を犠牲にしてしまってからでは遅い。

「あ……あの、お手柔らかにお願いします……」

「わかったみたいね。じゃあ……んふふ」

 ほかの女の子をやんわりと押しのけ、四葉が『僕』の右半身に覆い被さってきた。茉莉花も左右対称に真似をして、『僕』に巨乳を預けてくる。

「覚悟はしててね。きみの悪戯、ちゃんとカウントしておくから」

「は、はい……それじゃ」

 がちがちに緊張しながらも、『僕』はごくりと生唾を飲みくだした。おもむろに手を伸ばし、四葉と茉莉花の括れを遠慮がちに抱き込む。

「んっ? こらぁ……お姉さんで、朝から何人目なの?」

「慣れてるでしょ? こういうの……あっ? 水着、引っ張っちゃだめ……!」

「ひひっ、引っ張ってないよ? 僕!」

 ほかの女の子たちは近づくに近づけず、羨ましそうに口を尖らせた。

「四葉も茉莉花もずるい~! 抜け駆け禁止!」

「ち、違うったら! ……ほら、キミがハッキリ言わなくっちゃ」

「え……?」

 作戦は順調、無関係の女子を遠ざけることには成功しつつある。ここで曖昧な態度を取っては、せっかくの苦労が水の泡になるかもしれなかった。

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