第162話
L女学院への足取りが今朝は重かった。
「はあ……」
四葉や茉莉花はチア部の早朝練習があるため、先に学校へ。『僕』は胡桃とメールのやり取りをしつつ、L女学院の門前までやってくる。
さすがに登下校の間は、全員が夏物のセーラー服だった。
クラスメートが『僕』を見つけるや、声を弾ませる。
「あっ、王子様! こっちこっち!」
「え……お、王子様ぁ……?」
今朝は愛称がグレードアップしていた。
昨日の一件(露出)によって、『僕』は男の子であることが発覚。そのニュースはあっという間に学院中に広まり、今や『僕』は時のひととなっている。
ところが、L女学院は『僕』の在学を二つ返事で承認してしまった。女子生徒らも喜々として『僕』を歓迎し、もてなしてくれる。
「王子様、おはよ~!」
「どこどこ? 私にも挨拶させてー」
C等部のみならず、K等部のお姉様がたも続々と群がってきた。
(ど、どうなってるの? とにかく教室へ……!)
『僕』は逃げるようにC等部、三年空組の教室へ駆け込む。
(ひ~~~っ!)
けれども、そこではクラスメートがお着替えの真最中だった。『僕』の乱入に驚き、胸を隠すくらいのことはしても、平然と『僕』を受け入れる。
「王子様ったらー。チャイムまで余裕あるのに」
「今のうちに席替えしない? 王子様の隣、座りたいひと~!」
L女学院の風土は完全に狂っていた。
(まさか……これも、僕が闇堕ちしたせいで?)
昨日の時点で制服がスクール水着になっている。こうして男子がひとり紛れることも、認識阻害の魔法によって無理やり順応させた可能性が高かった。
無論、今日も『僕』はスクール水着に着替える羽目に。
「あとでスペアの水着、買いに行かなくっちゃ」
「なら分けてあげる! えーと……使用済みのほうがいいんだっけ?」
「新品でお願いします……」
やがてチャイムが鳴り、三年空組でもホームルームが始まる。
担任は『僕』を名指しして、またとんでもないことを言い出した。
「あなたは当面、授業はいいから、プールで指導の補助ね」
「……はい?」
「まだ聞いてなかったの? 水泳の授業で指導に当たるのが、あなたの仕事でしょう」
窓の外は青々と晴れているのに、『僕』の頭上で雷が落ちる。
(だだっだ、だめだ、これ……早くなんとかしないと!)
暢気に授業を受けている場合ではなかった。
「せ、先生! ちょっと急用を思い出したので、一時間目はごめんなさい!」
「わかってるわよ。プールに行くんでしょ」
三年空組の教室を飛び出して、『僕』はプールの地下へ急ぐ。
星装少女の秘密基地ではメグメグが対応に追われていた。モニターの向こうではミルミルも忙しそうに処理に当たっている。
『わたくしの言った通りでなくて? まずい状況ですわよ、これ』
「そんなに強調しなくても、本部にはあなたの手柄って、伝えておいてあげるってば」
通信を切り、メグメグは椅子ごと振り向いた。
「いいところに来たわね、ダイヤ。とりあえず座りなさい」
「う、うん……」
いつもなら『お菓子は?』と催促してくる司令官が、真剣な表情で『僕』を待つ。それだけでも充分、今回の事態の深刻さを物語っていた。
「メグメグ、実は今――」
「……なるほどね。色々と合点がいったわ」
L女学院の皆が男子の『僕』を歓迎するのは、やはりユニゾンダイヤの闇堕ちパワーが原因らしい。あの夜、『僕』は暗黒の力で、L女学院の大衆心理・相互認識のネットワークにひとつの『楔』を打ち込んでしまった。
制服をスクール水着にしろ。そして『僕』を歓迎しろ、と。
「そもそもの話……ユニゾンダイヤは戦闘能力はいまいちだけど、防御用の障壁や認識阻害の魔法なんかは、頭ひとつ抜けてたのよね。もしかしたら変身してない時も、その力が働いてたのかもしれないわ」
メグメグの推測するところは『僕』にも心当たりがある。
「魔法って、変身せずに使えるものなの?」
「できなくもないのよ。だから、こっちも人員の選出には苦労するわけ」
L女学院の転入してきて早二ヵ月、『僕』が疑われそうな場面はいくらでもあった。
トイレは必ずひとりで職員用まで、体育の着替えも別で。ブルマを見せようとせず、やけに注意深く股間を隠してばかりいたのだから。
だが、無意識のうちに『僕』が認識阻害の魔法で自衛していたとすれば。
「自分を女子として馴染ませるんじゃなくって、男子と認識させたうえで、受け入れさせる……そんな影響がすでにあったのかも」
ひとびとの認識を都合よく書き換えるなど、まるでエイリアンの侵略だった。
「もとに戻せないの? メグメグ」
メグメグの言葉は重い。
「前に話したことあるでしょ? 記憶を消すのは、難しいって。最悪、重度の記憶障害や人格の破綻に繋がる危険もあるから、原則としては禁止なのよ」
無関係のひとびとに変身を目撃されたとか、機密事項を知られたからといって、記憶を改ざんするようなことは難しかった。
それを『僕』は闇堕ちのせいとはいえ、大勢に実行してしまっている。
「まだまだ危険域には遠いけど、刺激しないほうがいいわ。下手に訂正したりせず、あなたもみんなに合わせるの。やってくれるわね?」
「……うん。でないと、みんなが危ないってことでしょ」
「ええ。これ以上、わたしたちの戦いに巻き込むわけにいかないもの」
こうなっては『僕』も腹を括るほかなかった。
「えっと……じゃあ、僕はほんとにプールで指導を……?」
「そんなので勉強できるの? あなた」
かくして試練の夏が来る。
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