第159話

 チャームはあっけらかんと笑い飛ばす。

「キャハハッ! せやから闇堕ちやって。我慢でけへんのも、そのせいや」

「……!」

 辻褄は合った。魔王の一部となったことで、『僕』の心は悪に染まりつつある。

 その結果、性の欲求が一気に膨れあがってしまったのだろう。

「じゃあ、制服がスクール水着になったのも?」

「ダイヤが認識阻害の応用で、L女の……なんやろ? 共通認識とか、そーいうんをひっくり返したんとちゃう?」

 L女学院の異変も『僕』の暴走によるもの。生徒たちは抵抗できず、当たり前のようにスクール水着を受け入れている。

「前々からガッコーの水着にご執心やったんやろ、ダイヤ」

「え? L女のは見たこともなかったのに……」

「ずっと見てたやん。ユニゾンカラットとユニゾンジュエルのコスチュームで」

 腑に落ちないところはあった。いくら男子とはいえ、『僕』はプールの授業に困惑していたのだから。水着になってしまっては、モモモを隠すのも難しい。

 ただ――期待していたことも否定できなかった。

(女子校のプールだなんて……)

 男子としての自信を喪失しそうになりながらも、『僕』は紙袋の中身に目を通す。

「ところでこれは……あ、同人誌?」

「うん。昨夜、ダイヤが欲しいゆーから、適当に集めてきたで~」

 表紙からして危ない気配がした。

 どれもアニメ『星装少女ユニゾンヴァルキリー』のもので、ユニゾンダイヤがほかの星装少女と絡んでいる。同人誌の中では案の定、ダイヤが大変なことをしていた。

「あっ、あのさ? チャームちゃん……なんでダイヤに……その」

「そっちも生えてるやん」

「いやいやいや! アニメのダイヤは女の子だよ?」

 ユニゾンダイヤは企画段階で性別が二転、三転したという。

このジャンルに造詣が深いチャームによれば、その経緯からか、ファンの間では『ほかの星装少女を食い物にする総責め』と評されていた。

 同人誌では××が生えたりもして、大活躍。

 チャームはうんうんと頷いた。

「昨日ダイヤがメチャクチャ強かったのって、闇堕ちだけが原因やないと思うんや。総責めっていうファンのイメージと一致したからゆーとこ、あるんやない?」

「ど……どうかな?」

 同人誌の内容に度肝を抜かれ、『僕』は考えをまとめられない。

 確かにファンの間でユニゾンダイヤは男の子のように扱われていた。そして『僕』もれっきとした男の子、奇しくも同人誌と同じことができる。

(……ってえ、何考えてるんだよ? できちゃまずいって!)

 ユニゾンカラットと戯れる『僕』、ユニゾンジュエルを押し倒す『僕』、ユニゾンブライトにお仕置きする『僕』――いかがわしい妄想が頭の中をぐるぐるした。

「そんな深刻にならんでも、ええんとちゃう? 昨夜のダイヤもドスケベってくらいで、ウチには友好的やったしなあ」

「そ、そうなの?」

「なんかあったら、ウチも協力したげるから。じゃあね~」

 ユニゾンチャームは暢気に欠伸を噛みつつ、K等部のほうへ飛んでいく。

「メグメグに報告したほうがいいのかな? ……っと、この本は隠しとかないと」

 紙袋いっぱいの同人誌を抱え、ひとまず『僕』は更衣室の裏へ。

 ブツを隠したら、授業中のプールへ戻る。

「どこ行ってたの? あなた」

「えっと、トイレに……」

「ちゃんと言わなきゃだめじゃないの。ほら、ビート板を回収してきて」

 授業の後半はビート板で元気なビーストを隠しきった。


 ところが放課後、大変なことになってしまった。

(どこにもないと思ったら……!)

 あろうことか、ある生徒が六時間目のプールで『星装少女ユニゾンヴァルキリー』の同人誌を発見。中身が中身だけに、犯人探しが始まったのだ。

「心当たりのあるひとは、職員室まで名乗り出るように。それじゃ、解散!」

 クラスメートは噂話で盛りあがる。

「同人誌だってー。どうしてプールなんかに隠してたわけ?」

「そこがわかんないのよね。ロッカーとか、場所はいくらでもあるのに」

 プールの更衣室に隠しては、クラスメートに見つかる恐れがあった。その後、教室に持ち帰るのを躊躇い、あとまわしにしたのが運の尽き。

(やばいぞ……僕のだってバレたら……!)

 『僕』はこそこそと教室を出て、ケータイで胡桃を呼ぶ。

 L女学院では原則として携帯電話の使用が禁止されていた。インターネット辞書としても使えないため、授業の予習は必須。しかし昼休みと放課後は解禁される。

「あっ、胡桃ちゃん? 大変なんだよ、同人誌が……」

『運がないなあ、ダイヤ。捕まっても、ウチの名前は出さんといて?』

 胡桃は他人事のように笑って、電話を切ってしまった。何かと彼女に振りまわされているらしい紫苑の気持ちが、少しわかる。

(なんて無責任な……でも、胡桃ちゃんの言うことも……?)

 廊下の途中で『僕』は足を止めた。

 無理に取り返そうとするより、無関係を装うほうが利口かもしれない。

 しかし学院の側が容疑者を絞り込むのは、そう難しいことではなかった。六時間目に見つかったのだから、それまでにプールを使ったクラスが怪しいのは、当然のこと。

 五時間目に『僕』がプールを離れたことは、教師も把握している。

 おまけに同人誌はどう取り繕っても男性向けだった。最悪、同人誌の嗜好から『僕』の性別が発覚、新聞沙汰に――という可能性もある。

(……そうだ! こういう時こそ、ユニゾンダイヤに変身して……)

 あとでメグメグに怒られるにせよ、『僕』は変身を決めた。

 星装少女のパワーで秘密裏かつ迅速に同人誌を回収するのがベターだろう。同人誌との関係を知られたくないため、四葉たちには連絡せずに始める。

 ちょうどスクール水着も着ていた。手頃な物陰で変身を済ませる。

「よし! すぐに片付け……あぅ?」

 そのつもりが、スクール水着は白色ではなく真っ黒に染まってしまった。ユニゾンダイヤは闇堕ちバージョンとして変身を遂げ、邪悪な力で『僕』の心を揺さぶる。

「えぇと……なんだっけ? そうだ……ス、スクール水着……」

 周りは今、『僕』の大好きなスクール水着でたくさんだった。K等部生もC等部生もセーラー服の下から紺色のスクール水着を見せびらかす。

 グラウンドでは陸上部やテニス部もスクール水着で練習に励んでいた。

「そうだ……今ならみんな、スクール水着で部活……」

 同人誌のことも忘れ、『僕』は窓から飛び出す。

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