第158話
三人とも例の首輪は消えている。
「こうは考えられないか? 昨夜の影響で、L女に異変が……と」
「もしかしたら、ほかでも同じことが起こってるかもしれないわね。U市なら……」
話がてら、紫苑が『僕』のお弁当を覗き込んだ。
「それにしても……可愛いお弁当じゃないか」
「可愛いつもりはないんだけど……そうかなあ? これ」
「タコさんウインナーは可愛いでしょ」
お店の厨房で簡単なお弁当を作るのが、朝の日課。母に任せるとハートマークにされてしまうので、自分で拵える。
当然、『僕』だけはランチどころではなかった。
(四葉ちゃんも茉莉花ちゃんも……こ、こんなカッコで……)
隣にはスクール水着の四葉、向かいの席にも茉莉花と紫苑が紺色の薄生地を柔肌に吸いつかせている。おかげで『僕』は緊張してしまい、がちがちに。
四葉が愉快そうに笑みを含めた。
「どーしたのぉ? 王子くん。さっきからそわそわしちゃってぇ……」
「そ、そんなことないよ? 次はプールだから、急がないとと思っただけで」
彼女のことだから、『僕』の動揺には勘付いているはず。
「からかうのはやめなさいったら、四葉」
「はぁーい」
それを茉莉花が窘める一方で、紫苑は首を傾げた。
「闇堕ちの影響なら正直に言うんだぞ」
「う、うん……」
居たたまれず、『僕』は早々と席を立つ。
「それじゃ、ほんとにプールだから。放課後は司令部に集合でいいかな」
「オッケーよ。こっちのほうでも、もう少し状況を洗ってみるわ」
異変は本当にスクール水着だけなのか――C等部とK等部の両方で、さらなる調査の必要があった。四葉たちも昼食を切りあげ、行動を開始する。
☆
五時間目、三年空組は星組と合同で体育。
今日より体育はプールで水泳となる。
「王子、泳がないの?」
「その……替えの水着、まだ用意できてなくってさ」
購買部でSサイズのスクール水着が売り切れだったことを理由に、かろうじて『僕』はプールの授業を免れた。プールサイドで見学者用のベンチに腰を降ろす。
間もなくチャイムの音が響き渡った。
青空のもと、女の子だらけのプールが始まる。
「各自、型はなんでもいいから! 50メートル泳ぐこと!」
「ビート板使ってもいいですかー?」
夏の日差しを受け、プールの水面はきらきらと揺らめいた。
紺色のスクール水着がしとど濡れ、なだらかに照り返る。無数の雫を滴らせながら、彼女たちは裸足でプールサイドを踏みしめた。
「水泳大会の種目って、まだ決めなくていいの?」
「それそれ! 今年も玉入れとか障害物競争、やるんだってー」
「プールじゃなくない? それ」
無防備に腕をあげ、胸の脇まで覗かせる。
誰もここに男子がいることに気付いていなかった。『僕』は脚をきつめに閉じ、両手でビーストの目覚めを押さえ込む。
(こんなの見てたら……ど、どうかしちゃうよ、僕……うっ?)
どくんと心臓が跳ねた。黒いものが『僕』の中から込みあげてくる。
だんだんと頭もぼうっとしてきた。
(そ……そうだ。一回くらいヌかなきゃ……)
『僕』はおもむろに立ちあがり、物陰に身を潜める。
そしてクラスメートのスクール水着に目を凝らしながら――半ば無意識だった。スクール水着の水抜き穴からモモモを出し、セルフはぁはぁに励む。
(だ、だめだろ? 僕……何やって……で、でも……!)
抵抗はあった。背徳感が羞恥心にも火をつけ、ごうごうと燃えあがらせる。
それでも止めるに止められず、『僕』はこっそりと息を荒らげた。
「またやってるん? ダイヤ」
「――ッ?」
不意に背後を取られ、ぎくりとする。
「胡桃ちゃんっ? あ……いや! これはその!」
後ろにいるのは胡桃だった。授業中にもかかわらず、ユニゾンチャームの姿で大きな紙袋を抱えている。
「大きな声出したら、見つかってまうで。それより……はい」
大慌てでモモモを隠す『僕』に、チャームはその紙袋を差し出してきた。
「なんなの? これ」
「ほんまに憶えてへんのぉ? 昨夜のこと」
あのアントニウム戦の最中、『僕』は闇堕ちしてしまい、好き放題に暴れたらしい。
カラットやジュエルに首輪を嵌めたのも、おそらく『僕』の仕業。さらに『僕』はL女学院へと赴き、ユニゾンダイヤのパワーを何かに悪用した。
「ちょ、ちょっと待って? チャームちゃん、僕が男子ってこと……」
チャームはけろっと暴露する。
「だって……なあ? 昨夜のダイヤ、L女の屋上でオニャニャーしてたんやもん」
「ええええっ?」
いつの間にやら彼女には秘密がばれていた。それどころか『僕』は昨夜、L女学院でオニャニャーなんぞに耽っていたという。
(まさか、そんなわけ……?)
何かの間違いと思いたかったが、すでに証拠はあった。
現に『僕』は今、この場で破廉恥な自家発電に耽っていたのだから。
「ど、どうして? こんなことは一度も……」
昨日まででは考えられないこと。学院で我慢するくらいの分別はあったはず。
しかし今、『僕』の中で何かが変わり始めていた。
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