第157話

 今朝も女子用のセーラー服を着て、『僕』はL女学院へ登校。

 家から徒歩で通えることだけは、前の学校にはないメリットだった。電車やバスの運行に左右されず、最短の時間でL女学院に辿り着く。

 梅雨も明け、本日よりプール開き。

(上手いこと言って、授業を抜けるしかないよなあ……)

 一応、スクール水着(女子用)は持ってきたものの、さすがに人前で着用する勇気はなかった。昨夜も部屋で試しに着てみたところ、鏡が割れるかと思ったほど。

「……あれ? 余所のクラスかな?」

 学院の廊下を歩くうち、ふと『僕』は違和感を覚えた。

 どういうわけかスカートを穿かず、セーラー服の下にスクール水着を着ている女子が目立つ。一時間目からプールにしても、気が早い。

「おはよ~。……えええっ?」

 三年空組の教室に入るや、『僕』は上履きが脱げるくらいに仰天した。

「奈々は何枚買ったの? スクール水着~」

「とりあえず三枚? 在庫はあるみたいだし、多すぎてもね」

 クラスメートはお着替えの真最中。机の上に脱ぎたてのブラジャーやショーツを置き、スクール水着を自分の身体で引き伸ばす。

「……………」

 『僕』は唖然として、開いた口も塞がらなかった。

 クラスメートが制服のままの『僕』を見つけ、きょとんとする。

「王子も早く着替えたら?」

「え……な、なんで?」

「知らないの? 梅雨の前からずっとアナウンスされてたじゃない」

 先週はなかったはずの張り紙には、こう綴られていた。


   L女学院の生徒はこの夏、スクール水着で過ごすこととなりました。


 まさかの方針に『僕』はぎょっとする。

「スス、スクール水着で? お、おかしいよ、これ?」

「そりゃあ、私たちも最初は驚いたけど……」

 いつの間にやらL女学院は『スクール水着でスクールライフ』などという改革を推し進めていた。学院にいる間は全員、スクール水着の着用を義務付けられるのだとか。

 あえて脚を見せることで、自己管理を促進。美容の意識を高め、着飾ることで誤魔化すのではなく、素の身体を引き締めましょう――という試みらしい。

 そんな学院の馬鹿げた改革を、生徒は疑いもせずに受け入れていた。

「まっ、うちは女子しかいないしねー」

「夏場は助かるかも? 洗濯も簡単だしさあ」

 誰もがスクール水着をお尻にしっかりと食い込ませて、レッグホールを調える。

「パンツとかブラはどうするー? あとスカートもぉ」

「鞄の中でいいんじゃない?」

 教室の中は早くも夏真っ盛りとなった。

「ほらほら! 王子も着替えなくっちゃ。ホームルーム始まるわよ?」 

「ままっ、待って? わかった……着替える! 着替えるから!」

 ひとまず『僕』は鞄を抱え、職員用のトイレへ逃げ込む。

(な、なんで……? こんなの変だぞ、絶対!)

 ひょっとしたら『僕』を嵌めるためのドッキリ企画かもしれない。

もしくは一時間目がプールのため、先に着替えていただけではないのか。

 だが予鈴が鳴る頃には、どこもスクール水着の生徒だらけになってしまった。職員用の化粧室を出たり入ったりしながら、『僕』は頭を抱え込む。

(着替えるしかないの……?)

 女の子たちの前で、一介の男子が、女子用のスクール水着を。

 倒錯感と背徳感に駆られながらも、『僕』は腹を括るほかなかった。せめてモモモが零れないように股布を広げ、念入りに密着させておく。

 セーラー服の裾だけが頼り。

(見られたら死ぬよ、これ……ほんとに? 教室に行くの? 僕……!)

 両手で裾を押さえ、内股の姿勢を維持しながら、『僕』は三年空組の教室へ。

「そんなに引っ張ったら、制服が伸びちゃうってー」

「う、うん。でも……恥ずかしくって」

 間もなく担任の教師(普通のスーツ姿)がやってきて、ホームルームが始まった。

「このクラスは午後からプールだったわね。替えの水着を忘れたひとは、お昼休みにでも購買で買っておくように」

 生徒はスクール水着の恰好にもかかわらず、平然と授業がおこなわれる。

 とりあえず席についている分には、さしたる問題もなかった。同級生のあられもないフトモモや、お尻の食い込みを直視せずに済む。

 昼休みに入ったところで『僕』はお弁当を抱え、食堂へ急いだ。

「あれ? 王子、こっちで食べないの?」

「今日はちょっとね」

 食堂にお弁当を持ち込んで、友達と一緒に食べる生徒も多い。しかし今日の『僕』は食堂の隣にある、購買部にこそ用事があった。

 食堂及び購買部はC等部とK等部で共用となっている。

 そこにはスクール水着が山ほど入荷されていた。

「ごめんねぇ、Sサイズはもう売りきれちゃって。明日、また入荷の予定だから」

「え~! 朝のうちに買っとけばよかったあ……」

 クラスメートは『一ヶ月前からアナウンスがあった』と言ったが、購買部の前では行列ができている。『僕』と同じで皆もまだ十分な数を確保できていないらしい。

「王子くんっ!」

「あ……四葉ちゃん?」

 K等部のほうから四葉と茉莉花、それから紫苑も駆け寄ってきた。彼女らも上はセーラー服、下はスクール水着の恰好で、夏の色気を醸し出す。

「C等部も同じ状況みたいね」

「何が何やら、私にもさっぱりなんだ。ミルミルも『調査中』としか……」

 この事態は『僕』ひとりの勘違いや白昼夢ではなかった。茉莉花や紫苑もスクール水着の唐突な義務化に戸惑っている。

「……胡桃ちゃんは?」

「あいつは部活のミーティングだとさ。暢気なやつだよ」

 紫苑の手前、『僕』はセーラー服の裾を股間へ引っ張り込んだ。

(紫苑ちゃんは僕が男子って知らないもんな)

 『僕』のスケベな視線を警戒してか、茉莉花は四葉の背中に隠れる。

「でもスクール水着というだけで、みんなに大した害はないわ。今のところは」

「そうなのよね。授業も普通だし」

 ひとまず『僕』たちは食堂で席を確保し、昼食を済ませることに。『僕』と四葉はお弁当、茉莉花と紫苑は学食のAランチとなった。

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