第156話

しかし『僕』が心穏やかでいる限り、大惨事にはならなかった。

「とにかく私は本部と連携して、今後の手を考えるわ。ミルミル、あなたもよ?」

「何様のつもりですの? もとはといえば、そっちが……」

 またヌイグルミ同士で喧嘩が始まりそうになる。

 カラットはメグメグを黒い笑顔で、ブライトはミルミルを鬼の形相で威圧した。

「いつまで喧嘩してるつもり? 六課と七課で力を合わせようとか思わないのかしら」

「ジュエルが闇堕ちなんて話は、私も初めて聞いたぞ。どうして黙っていたのか、理由を教えて欲しいんだが……ミルミル?」

 実際、『僕』たちはメグメグとミルミルの競争に巻き込まれた部分も大きい。ジュエルやブライトの間で緊張もあったとはいえ、司令間の連携不足は否めなかった。

 ふと『僕』の中で黒い感情が膨れあがる。

「それじゃあ二度と喧嘩なんてできないように、お仕置きをしようか。とっておきの方法を思いついたんだ」

「え? お仕置きだなんて、どうしたのよ? ダイヤ」

 闇堕ちのせいかもしれない。今、恐ろしいことを閃いてしまった。


 『僕』は実家からイチゴケーキを調達してきて、司令室でお茶会を開く。

「ブライトとチャームの歓迎も兼ねてね。どうぞ」

 ケーキを前にして、新メンバーとなるふたりも和んだ。

「やった~! ウチ、このおっきいやつ!」

「す、すまない……私まで」

 紅茶はカラットとジュエルが淹れてまわる。

「ダイヤのお店のケーキ、すっごく美味しいのよ。ふふっ」

「全員、紅茶でよかったのかしら?」

 人数分のお茶が揃ったところで、いただきます。

 けれどもメグメグとミルミルは檻の中で、ケーキではなくオアズケを食らっていた。

「ずるいじゃないの! あ、あなたたちだけでケーキなんてぇ!」

「べっ、別に悔しくなんか……ありません、けど……ッ!」

 その悲しげな視線を流しながら、チャームは美味しそうにケーキを頬張る。

「ん~! デリシャス!」

「ちょ、ちょっと……ひ、一口くらい……」

「それじゃあ、私も。あ~ん」

「あ~! わ、わたくしの分が……」

 さしものお偉い司令官たちも、この責め苦には長く耐えられなかった。早々とプライドを捨て、声を揃えて『僕』らに訴え始める。

「もう喧嘩しないから、許して! わたしにもちょ~だい~!」

「神にだって誓いますわ! だから、どうかお慈悲を~!」

 カラットはやれやれと肩を竦めた。

「ちゃんとあとで食べさせてあげるのよ? ダイヤ」

「用意してあるってば」

 闇堕ちした『僕』とはいえ、そこまで鬼でもない。

 チャームがにやりと唇の端を曲げた。

「ところでさあ? カラットとジュエルって、ダイヤのことでなんか隠してへん?」

 六課の『僕』たちはぎくりと顔を強張らせる。

「な……なんのことかしら?」

「まっ、ウチはええんやけど~。ひっひっひ」

 ブライトは首を傾げた。

「話が見えないぞ? ジュエル、私にも教えてくれ」

「えぇと……その、これはダイヤのプライバシーに関わることだから」

 どうやらチャームは勘付いてしまったらしい。

『僕』の性別に。

(どこでバレちゃったんだろ? ブライトはまだ知らないっぽいけど……)

 ユニゾンダイヤがスクール水着のデルタを隠すことには、意味があった。そもそもL女学院に男子がいる時点で間違っている。

「除け者にされてる気もするが……ダイヤ、何かあったら私にも相談するんだぞ」

「除け者はこっちでしょ? ケーキ、ケーキぃ~!」

 実直なブライトを騙している気分にもなった。

(大変なことになったぞ?)

 闇堕ちだけでも大事件なのに、股間のモモモを隠し通さなくてはならない。緊張のあまりケーキの味がわからなくなってくる。

 ただ、この時の『僕』はまだ自覚できていなかった。星装少女の真っ白なスクール水着で興奮してしまっていることも。

 ユニゾンヴァルキリーを獲物とみなし、牙を研いでいることも――。

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