第148話

 悪いことは重なるようで、放課後はプール掃除に駆り出される。

(はあ……厄介なことになったぞ)

 なお四葉と茉莉花はチア部で練習中とのこと。

 プール掃除は毎年C等部の三年生が担当しているそうで、今年は『僕』の空組にまわってきた。けれども過半数は部活動を優先し、参加していない。

「あとでジュース奢ってあげるから、頑張ってー」

「はーい」

 制服が濡れたりする恐れがあるため、全員がブルマで清掃。

たまたま体育の授業があったことで、空組に白羽の矢が立ったらしい。

「来月からプールかあ……どうしよう?」

「お前は泳げないのか?」

 ぼやいていると、後ろから声を掛けられた。

 振り向いて、『僕』は目を丸くする。

「あっ、あなたは……もしかしてユニゾン、うぐっ?」

「それは言ったらあかんて」

 先日の戦いで出会った、あの星装少女たちが立っていたのだ。変身こそしていないが、ユニゾンブライトとユニゾンチャームで間違いなかった。

「警戒しないでくれ。今は私も一介の女子生徒に過ぎないんだ」

「ウチらもここのK等部生なんやで。知らんかったん?」

「いえ……僕、二ヵ月前に転入してきたばかりで、K等部のことはほとんど……」

 ふたりも体操着の姿でモップを手に取る。

「後輩に任せっきりもどうかと思ってな。手伝わせてくれ」

「ウチは別にそんな気ないんやけど」

 急にクラスメートたちが黄色い声援をあげた。

「きゃあ~っ! K等部の紫苑先輩よ、紫苑先輩!」

「あの演劇部の? やだ、かっこい~!」

 掃除用具など放ったらかしにして、一斉に駆け寄ってくる。

「こらこら。掃除は?」

「挨拶が先ですよぉ。いつも応援してます!」

 チャームは呆れ、『僕』だけ輪の外へ連れ出した。

「ダイヤ? こっち、こっち」

「あ、うん」

 紫苑は元気な下級生に囲まれ、苦笑い。

「次の舞台はいつなんですかっ?」

「もちろん、秋になったら学院祭で……あれ? 胡桃?」

 『僕』の中で、男子としての矜持がガラガラと崩れていった。

(僕なんかよりよっぽど王子様じゃないか……あんなにモテるなんて……)

 お気楽なチャームが軽そうな口を開く。

「あっちは紫苑(しおん)でぇ、ウチは胡桃(くるみ)ってゆーの。ダイヤは?」

「僕は――」

 ふたりはK等部生の二年で、四葉たちと同い年だった。しかしクラスは違うようで、接点はまったくないのだとか。

「同じガッコーって、ほんまに気付いてなかったわけ? ウチはともかく、紫苑は割と有名なんやけどねー。ゲキ部の花形ゆーたら」

 紫苑は端正な顔立ちと男前な性格から、圧倒的な人気を誇っていた。

(そうか……演劇部だから、ユニゾンブライトにも……)

 そして目の前の彼女、ユニゾンチャームこと胡桃は漫画部に所属。

「ダイヤって調理部なん? お菓子作ったり?」

「僕の呼び方はそれなんだね……」

 お喋りな胡桃によれば、紫苑たちは『僕』と同時期に星装少女になったものの、キャラ作りと訓練に励んでいたという。胡桃は漫画部の部員だけあって、『星装少女ユニゾンヴァルキリー』はアニメもコミカライズもすべて網羅していた。

「衣装も設定画を参考になおしたりしてなぁ」

 だんだんと『僕』たちに足りないものが見えてくる。

(そういうことか……)

 四葉(カラット)や茉莉花(ジュエル)はメジャーな『アニメ本編』しか押さえていないのだ。今や『星装少女ユニゾンヴァルキリー』は覇権タイトルにもかかわらず、グッズのひとつさえ持っていない。

「原作をなぞってるだけじゃ、弱いわけだ?」

「せやね。大事なのはファンのイメージに合ってるかどーか、やもん」

 ユニゾンカラットは心優しい女の子で、ユニゾンジュエルはクールな天才少女――というのも、あくまで初期設定に過ぎなかった。

ファンの間で作りあげられたイメージもまた公式と同等の価値がある。

「ええと、じゃあ……?」

「ユニゾンカラットは割と腹黒で、ユニゾンジュエルはガチ百合って感じ? 同人やと、ふたりとも『黒い笑み』が定番でなあ」

 だからといって、キャラクターを崩壊させては本末転倒だろう。

 『僕』たちにはさらなる研究が欠かせない。

「紫苑さんは日頃からブライトになりきってるわけだね」

「変身してる時だけやで、そんなん。ゲキ部の花形なんてチヤホヤされてるけど、ほんまはヌイグルミに話しかけたりする、痛い系やし?」

「余計なことを吹き込むんじゃない!」

「あだっ?」

 胡桃の脳天にいきなりパートナーの拳骨が落ちた。ファンの女の子たちは距離を空けながらも、紫苑の背中を見守っている。

「まったく、べらべらと……お前には任せておけないな」

「ほんまのことやん? パジャマはネコさんやし、キャハハッ!」

「うぅ、うるさい!」

 紫苑は前髪をかきあげるように頭を押さえた。

「はあ……と、挨拶が遅れたな。私はK等部生の……」

「それ、ウチがもう言っといたから」

「あ、いえ……僕のほうこそ、初めまして」

 とりあえず挨拶と自己紹介を済ませてから、『僕』たちは一旦プールサイドを出る。

 更衣室の脇で紫苑は足を止め、改めて『僕』をまじまじと眺めた。

「お前には大きすぎるんじゃないか? その体操着」

「ええと、大きいほうが色々……都合がよくて」

 『僕』は体操着の裾を押さえ、問題だらけのブルマを隠す。

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