第142話

 今日も星装少女の噂を聞き流しつつ、『僕』は自分の席で溜息をつく。

「はあ……」

 L女学院のC等部、三年空組。ここへ転入して早二ヵ月が経つ。

「どうしたの? 王子~。さっきのテストはそこそこよかったんでしょ?」

「うん、まあ……多分」

 L女学院の授業はレベルが高いとはいえ、ついていけないことはなかった。昔から勉強にはさほど苦手意識もなく、中の上くらいをキープしている。

 しかし裏を返せば、没個性の結果でもあった。前の学校では良くも悪くも目立たず、級友にも忘れられている気がする。

「それより王子は見た? ユニゾンヴァルキリー」

「この前の放送? なら、ちゃんと……」

「そうじゃなくって、昨夜の! 本物のユニゾンヴァルキリーのほう!」

 C等部でも『星装少女ユニゾンヴァルキリー』の人気はうなぎ登りだった。

実のところ、『王子』という愛称もそのアニメから来ている。

(ダイヤかあ……)

グラマー系が多い星装少女たちの中でも一際異彩を放つのが、ユニゾンダイヤ。

その中性的な顔立ちと、ロリというほどではないが未成熟な身体つきが、一部のファンのハートを直撃した。もとはおねショタ(お姉さん+少年)を意識したキャラクターのようで、性別をどちらにするかで一悶着あったとか。

 そうして誕生した通り名が、星装王子。

 『星装少女ユニゾンヴァルキリー』のブレイク中に転入してきた『僕』は、満場一致でユニゾンダイヤに似ているとされ、『王子』というあだ名が定着してしまった。

「あっと、先生来ちゃった! またあとでね~、王子」

「う、うん」

 そして――このあだ名は、あながち間違いではなかったりする。

 アニメのダイヤは女の子だが、一方で『僕』はれっきとした男の子。なのにスカートを穿いて、L女学院に通っている。

(いつになったら、男の生活に戻れるんだろ?)

 おかげでトイレには気を遣うし、スカートには四六時中、悩まされた。下着まで女子用を強要され、ひらぺったい胸にはブラジャーも着けている。

 それもこれも、『僕』がユニゾンダイヤに選ばれてしまったがために。


 放課後は調理部での活動もそこそこに、体育館へ。

 毎日お菓子を作るわけでもないため、部活を抜けるのは簡単だった。

「あっ! C等部の王子でしょ? K等部の見学?」

「いいえ、そうじゃなくて……」

 体育館などの施設はC等部とK等部で共用となっているため、C等部生はK等部のグラウンドを横断することになる。

「ねえねえ……C等部の王子って、どれ?」

「ほら、あっちの。ユニゾンダイヤに似てるでしょー」

 女子生徒たちは誰も『僕』を男子と疑わないのが、少し腑に落ちなかった。

(なんでみんな、気付かないの……?)

 梅雨の最中、今日は珍しく晴れたこともあって、どの部も精力的に活動している。

 グラウンドの一角ではK等部のチア部が練習に励んでいた。

「ゴー・ファイ・ウィン!」

 甲高い掛け声とともに極ミニのスカートを翻す。しなやかな四肢をリズムよく弾ませながら、彼女らはポンポンで弧を描いた。

「もっとお腹から声出してこー! ゴー・ファイ・ウィン!」

「ゴー・ファイ・ウィン!」

 それこそほかの体育会系クラブにひけを取らない運動量と声量だった。ダイエット効果も高いそうで、部員は皆、スレンダーなスタイルを維持している。

 そんな中で規格外の巨乳を揺らすチアガールが、ふたり。

「ふう~っ! 動くと、やっぱり暑いわね」

「ちゃんと水分補給して、四葉」

 幼馴染みでもある、お姉さんの四葉(よつば)と。

 彼女の親友、茉莉花(まつりか)。

 その正体はユニゾンカラット(四葉)とユニゾンジュエル(茉莉花)であって、ユニゾンダイヤの『僕』と一緒にアントニウムと戦っていた。もともとグラマーな身体つきだったのが、アニメからのフィードバックもあり、魅惑のダイナマイト・ボディを誇る。

 休憩に入ったところで、ふたりはスポーツドリンクに口をつけた。

「あれ? 王子クン、どうしたの?」

「どうしたも何も、これから基地でミーティングでしょ」

能天気な四葉お姉さんはうっかり忘れている。

逆に、理知的な茉莉花お姉さんに抜かりはなかった。

「憶えてるわよ。王子くんは先に行ってて」

「え? 今日だった?」

 ふたりはいつも一緒で、実は茉莉花のほうが四葉に依存しがちな傾向にある。しかし四葉の足りない部分は茉莉花が補う形で、バランスを取っていた。

 目のやり場に困りつつ、『僕』はおずおずと指摘する。

「そ、それにしても……短すぎるんじゃない? スカート」

「大丈夫だってば。ほぉら」

 四葉は恥じらいもせず、スカートをまくしあげてしまった。

 しかし中には味気ない短パンを穿いている。

「これ穿いてるの、知ってるでしょ?」

「そっ、そうだけど……」

「からかわないで。王子くんはまだC等部生なんだから」

 茉莉花が四葉を窘めるも、お子様扱いに『僕』はがっくりとうなだれた。

(そりゃあ、僕は年下だけどさ……)

 四葉は不敵な笑みを浮かべ、茉莉花の背後へまわり込む。

「またそーやって、王子クンのこと庇っちゃってえ……茉莉花だって、あの熱い視線に気付いてないわけじゃないくせに。えいっ!」

「きゃあっ?」

 その手が茉莉花のミニスカートをひっくり返してしまった。四葉と同じ短パンを穿いているとはいえ、茉莉花は唐突な露出に顔を赤らめる。

「こら、四葉! 待ちなさい!」

「あはは! 油断するほうが悪いんでしょ」

 『僕』のことなどそっちのけで、ふたりのチアガールは鬼ごっこを始めた。

(仲いいなあ……)

 ほかのお姉様がたに捕まらないうちに、『僕』は体育館へ。

 屋内プールの脇にある準備室から、隠しエレベーターで地下へ降りる。

 そこには星装少女の秘密基地が隠されていた。

「遅いわよ! ダイヤ。ユニゾンヴァルキリーの一員って自覚が足りないんじゃない?」

司令のデスクを偉そうに占めているのは、ピンク色のヌイグルミ。

「これでも急いできたんだってば、メグメグ」

「どーだか。スクランブルに備えて、スクール水着は着てるの?」

「……着てないよ」

 異界の住人――と呼ぶには、いささか語弊があるかもしれない。

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