第140話

 ぬいぐるみのサイズで拘留所を抜け出し、SHINYの寮へ生還する。

「た、助かった……」

 なかなか脱出のチャンスが巡ってこなかったせいで、夕方になってしまった。

 へとへとの『僕』を、里緒奈が不満そうに迎える。

「どこ行ってたの? Pクン。水泳部も放ったらかしにして……んもぅ」

「ごめん……人生がピンチで、ちょっと」

 恋姫と菜々留はキッチンで夕飯の支度を進めていた。

「どうせまたチア部か手芸部で遊んでたんでしょう? 女子高生と」

「あら、Pくんなら女の子とプールで遊べるのに?」

 そして『僕』を地獄に堕とそうとした黒幕も、手伝いに来ている。

「いい加減、自重したら? 兄さんが羽目を外して、逮捕なんてことになったら、SHINYも巻き添えになるんだから」

「……ハイ」

 ぐうの音も出なかった。悔しいが、『僕』では美玖に適わない。また女子校で変身を強制的に解除されようものなら、次こそどうなることやら。

 それだけ妹は怒ったのだろう。

 今後は里緒奈たちとのニャンニャンを控えるか。

 それとも……キュートを受け入れるか。

(いやいやいや! ソーププレイとかベッドイン紛いのをやめればいいわけで!)

 ぬいぐるみの身体で『僕』は頭を抱え込む。

「しっかりしなさいよ? 兄さん。これからもっと忙しくなるんだから」

「わ、わかってるよぅ」

 何にせよ、今後はキュート(美玖)のフォローも欠かせなくなってしまった。

 夕食と入浴を済ませたら、自室で今までの出来事を思い返す。

「この一週間も大変だったなあ……」

 二日間のライブコンサートから始まり、新メンバーのキュートが合流。世界制服やCMの撮影があって、キュートとデートもした。

 昨日は人気アニメのイベントに出演している。

 SHINYの春、掴みは上々。六月からは夏ならではの企画で忙しくなるだろう。

「七、八月は海で企画やって、コンサートに……アルバムの収録と」

 夏の祭典『アイドルフェスティバル』にも、第二部での出場が決まっていた。

 SHINYの夏を成功に導くため、プロデューサーの『僕』にやるべきことは多い。特に妹を始め、メンバーのフラストレーションも解消しなくてはならなかった。

「抱き締めて、気持ちよくしてあげれば……じゃなくてっ!」

 ぬいぐるみの『僕』はベッドで右へ左へ転がり、雑念を振り払う。

「今日は逮捕までされたんだぞ? 落ち着け……」

 ニャンニャンは論外として、メンバーには公平に接するのが賢明だろう。

 ボードのプリメを眺め、『僕』は大切な彼女たちに誓った。

「里緒奈ちゃん、菜々留ちゃん、恋姫ちゃん。それから美玖も、一緒に頑張ろうね!」

 爽やかな気持ちでベッドへ入り、灯かりを消す。

「おやすみなさーい」


 そして翌朝、『僕』はやけに重たい身体を引きずるように起きた。

「なんか……すごい夢を見ちゃったなあ」

 情事の件でキュートを怒らせてしまったため、フォローする夢だ。スクール水着の妹を部屋へ呼び、ベッドの中で、兄妹の禁忌に触れながら――。

(こんな朝っぱらから、しかも美玖で? ほんとに大丈夫かな、僕……)

 軽い自己嫌悪に陥るものの、所詮は夢。

 しかし布団をのけたところで、『僕』は自分の腕の長さに気付く。

「……あれ? なんで変身が……」

 いつの間にか変身が解けていた。今の『僕』は人間の男子で、寝巻はおろか、下着の一枚さえ穿いていない。寝ている間に変身分の魔力が途切れたのだろうか。

 左腕のほうに重さを感じ、『僕』は目を点にする。

「え……」

 隣では妹が寝息を立てていた。夢と同じスクール水着の恰好で。

 アイマスクの中で目を閉じ、すやすやと眠っている。

「えっと……つ、つまり? アレは夢じゃなくって……昨夜の出来事、とか……?」

 ベッドの周りにはくしゃくしゃのティッシュが散らばっていた。カーテンの向こうはすでに明るく、スズメの鳴き声が聞こえる。

 妹と朝チュンだった。

「#$%&~ッ?」

 『僕』は仰天し、素っ裸のままで部屋を飛び出す。

 同時に変身し、勢い余って寮の外へ。

「うわあああ~~~っ!」

 初夏の朝日に救いを求め、ぬいぐるみの短いあんよでひた走る。

「嘘でしょ? 美玖を抱いちゃったなんて、な、何かの間違いだよね? 神様ぁーっ!」

 プロデューサーがアイドルに、それも兄が妹に手を出してしまったというのか。

 妹を相手に、どこまで行ってしまったというのか。

 太陽は何も教えてくれない。

「なんで? どうしてっ? 美玖は僕とどーなりたいのぉ?」

 それから小一時間ほど、『僕』はS女のグラウンドを延々と周回していた。

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