第138話

   きゅーと、知ってるんだからね?

   お兄ちゃんがメンバーとえろえろパーティーしてたこと。

   きゅーととのオフロは途中でのぼせたくせに~。

   反省しなさーいっ!


 それを読み終えると同時に、『僕』の身体を違和感が突き抜けていく。

「しまった! これは……」

 先日も体験したことだけに、すぐにわかった。しかし逃げる間もなく、サイレス(魔法封じ)のテリトリーに閉じ込められる。

 変身が解け、『僕』は人間の姿に戻ってしまった。

 あろうことか男子禁制の女子校で。

「~~~ッ!」

 おまけに、すっぽんぽんで。

 『僕』は声を漏らすまいと、しっかりと口を押さえたうえで、顔を強張らせる。

(ま、まただ! またキュートに……美玖に嵌められた……!)

 丸裸のせいか、身体中で鳥肌が立った。

 女子校の一室で、男子が裸。かつてない危機に眩暈さえ覚える。

(美玖のやつ、お仕置きのつもりで?)

 手紙の意味を悟った時には、もう遅かった。

 昨日のコスプレイベントのあと、『僕』が里緒奈たちとニャンニャンしたことに、妹は気付いていたらしい。そのために嫉妬心を燃えあがらせ、この仕打ち。

 女子校の中でひとり、裸の『僕』は戦慄する。

「ど……どうする?」

 サイレスの影響下にある以上、魔法は使えなかった。

 何しろ加減を知らない美玖の魔法だ。おそらくサイレスの効果範囲はS女子高等学校の全域を覆っていることだろう。

 ケータイを取り出せないため、救援を要請することもできない。

 ゲームで喩えるなら今の状況は、地下迷宮の最深部にてHP1、MPはゼロで孤立してしまったようなもの。敵とのエンカウントは即、ゲームオーバーを意味する。

 無論、背後から奇襲される恐れもあった。

 せめて股間だけでも隠しつつ、『僕』は教室を調べる。

(何でもいい! 何か役に立つものは……)

 手紙が置いてあった机は、美玖の席らしかった。

 机の中から、これ見よがしに紺色の布地が食み出している。

「タオルかっ? よし、これで……」

 安堵したのも束の間のこと。『僕』はそれを掴んで、またも目を引ん剥いた。

 紺色の布地はタオルではなくスクール水着だったのだから。一般生徒用のローレグで、裏面のラベルには妹の名前が書かれてある。

「なんでだーーーっ!」

 妹のスクール水着をまるで亡骸のごとく抱き締め、『僕』は哀を叫んだ。

 だが背に腹は代えられない。逮捕時にモザイクを晒すことに比べたら、女子用のスクール水着さえ神の恵みに思えてくる。

 腹を括り、『僕』は妹のスクール水着に裸体を通した。

 よろけながらも、ローレグのレッグホールに片方ずつ脚を突っ込む。

(うわっ? 変な感じ……)

 全裸とはまた別の意味で変質者になってしまった。

『犯人は警察の取り調べに対し、『気持ちよかったです』と供述しており――』

 冗談にならないイメージが浮かび、全身から血の気が引く。

 今は唇も紫色に違いなかった。しかも事態は『僕』の逮捕だけで済まないだろう。

 人気アイドルSHINYのプロデューサーが、白昼堂々と女子校に侵入しての、ド変態行為。そうなっては、SHINYも大幅なイメージダウンは免れない。

「とっ、とにかく脱出だ。プールまで行けば、あとは……」

 冷たい怖気を背中に感じつつ、『僕』は教室のドアを少しだけ開いた。廊下に人気がないことを念入りに確認したうえで、恐る恐る教室の外へ。

(女子の水着ってこんなに食い込むのか?)

 へっぴり腰で三歩進んでは、周囲を警戒。敵基地に潜入した工作員の心境で、脱出までのルートを分析する。

 正門を出て、隣の寮へ――これは不可能だった。夏休みとはいえ警備員はいる。それに加え、生徒の目に触れる可能性も高い。

 塀をよじ登るのも難しかった。美しい景観とは裏腹に女子校の外壁は、見通しのよい場所に高く造られている。外敵を侵入させないとともに、その発見を容易くするためだ。

 監視カメラも多い。校舎の中はまだしも、玄関や裏口はレッドゾーンだろう。

(カメラに映っても、サイレスの影響下さえ出れば、すぐ変身して……)

 もっとも安全と思われるルートは、やはりプール方面か。プールの一部は寮と地下で繋がっており、今朝も通ってきたばかり。魔法がなくとも通行はできる。

(よし! プールへ行くぞ!)

 今にも委縮しそうな自分を鼓舞しつつ、『僕』は廊下を進んだ。

 すでに放課後だけあって、大半の教室は閉ざされている。音楽室や職員室に近づきさえしなければ、割と簡単に突破できそうな気がしてきた。

「でねー? 弟がさあ」

「アハハッ! 昨日、そんなことになってたんだ?」

 ところが女子の談笑が聞こえ、『僕』はお腹の中で悲鳴をあげる。

(ひいいいっ! はっ早く、ど、どこかに隠れないと……!)

 ほかに逃げ場はなかった。

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