第135話

 まだ客のいない会場で、SHINYの歌声が響き渡る。

 急な参加となったはずの美玖も、自信満々に歌っていた。『ユニゾンヴァルキリー』のファンを自負するだけあって、歌のほうは完璧。

 今回はSHINYの楽曲ではないため、振り付けも控えめ。それでも美少女戦士ならではの決めポーズは忘れず、ピース越しのウインクで気取る。

 歌い終わるや、里緒奈や恋姫が四人目のメンバーを絶賛した。

「いい感じじゃない、美玖っ!」

「そ、そう?」

「キュートに比べても遜色ないと思うわ。さすがね」

 ステージで一曲披露したことで、白色のスクール水着にも多少は慣れたらしい。菜々留も無理に隠したりせず、女子高生のノリではしゃぐ。

「みんなで写真もたくさん撮らなくっちゃ。でしょ? Pくん」

「もちろん。許可ももらってあるし」

 それから軽いランチを経て、午後の段取りへ。

 アニメの監督や声優も会場に到着し、忙しくなってきた。

「おはようございます~」

「お待ちしておりました! 暑かったでしょー」

 『僕』たちも起立し、お辞儀しておく。

「本日はよろしくお願いしまーす」

「よろしくね~!」

 ただ、美玖だけはやたらと緊張しつつ、あちこちに視線を泳がせていた。

「どーかしたのぉ? 美玖」

「ううん。何でも……」

 挙動不審の理由には、大体の見当がつく。

 『僕』は妹の傍へ寄り、小声でこそっと耳打ちした。

「声優さんに挨拶、行くか?」

「え? でも忙しそうだし、迷惑じゃ……」

 アニメファンの美玖は一瞬声を弾ませるも、尻込みする。

 しかし、いずれ二期の主題歌をSHINYで担当することになれば、キャスト陣との関わりも深くなるというもの。ラジオに招待されることもあるだろう。

「今日は一緒にお仕事するんだからさ。好きなんだろ? このアニメ」

「べ、別に好きってほどじゃ……ごにょごにょ」

 どうやら兄の『僕』には趣味を秘密にしておきたかったらしい。美玖としては。

 素直になれない美玖に、菜々留や恋姫が微笑みかける。

「少しくらい役得があっても、いいと思うわよ? 美玖ちゃん」

「菜々留の言う通りよ。控え室に行っちゃったら、声を掛けづらくなるでしょうし」

「じ、じゃあ……」

 美玖は意を決したように前へ踏み出した。

 しかしひとりでは心細いのか、『僕』の袖を引っ掴む。

「その……兄さんも来てくれるでしょ?」

 珍しく妹に頼りにされてしまい、くすぐったかった。

「うん。一緒に行こう」

 妹を連れていくだけのことなのに、胸が高鳴る。

(キュートのおかげ……かな)

 美玖のコスプレ姿に、ふと『もうひとりの妹』がだぶって見えた。キュートがいるからこそ、美玖との距離が少しずつ縮まりつつある――かもしれない。

(美玖は僕と……もっと仲良くしたい、とか?)

 疑問はあった。戸惑いもあった。

 それでも『僕』は妹をより近くに感じ、得意になる。

「すみません。あの~」

「あ、はい。アイドルのSHINYさんですよね? 初めまして」

 いきなり声を掛けてしまったものの、ベテランの声優たちは笑顔で迎えてくれた。美少女アニメだけあって女性ばかりだ。

「実は妹……いや、この子が『ユニゾンヴァルキリー』の大ファンでして。キャストのみなさんにご挨拶を、と思ったんです」

「そうだったんですか? 私もSHINYに会えるの、楽しみにしてたんですよー」

「CDも持ってくればよかったかしら。遠慮しちゃって……」

 まだ緊張気味の美玖を交え、和気藹々と盛りあがる。

「コスプレもすごい似合ってる、似合ってる!」

「私たちじゃ絶対できない恰好だもんね。やっぱりスタイルがよくないと」

「いえ、そんな……」

 照れつつも、美玖は嬉しそうに笑っていた。

 やがて開場の時間となり、『僕』たちは舞台の袖へ。大勢の客が入ってきて、今か今かと熱気めいた期待を漲らせる。

 『僕』とともにSHINYのメンバーは円陣を組んだ。

「大成功させるぞ!」

「お~っ!」

 里緒奈と、恋姫と、菜々留と、そして美玖と。

「キュートちゃんがいない分も、ナナルたちで頑張らなくっちゃね」

「ええ。レンキも恥ずかしいのは我慢するわ」

 いよいよイベントが始まる。


 もとより『星装少女ユニゾンヴァルキリー』は一期の評価が高いうえ、近日公開の劇場版も注目を集めていた。人気アイドルにコスプレさせるくらい、造作もない。

 だからといって、アニメの人気におんぶに抱っこで終わらせるつもりはなかった。むしろSHINYの力で牽引してやる意気で、ステージへ臨む。

 ユニゾンカラット(里緒奈)が魔導砲を放った。

「エーテルブラスト、最大出力! フォーリンシュートぉおー!」

 負けじとユニゾンジュエル(美玖)も光の剣を左右に携え、華麗に舞う。

「ライオットソード、ソニックモード!」

 もちろん視覚効果は『僕』の魔法によるもの。

 気高く凛々しい美少女戦士たちの登場に、会場は沸きあがった。

「おおおーっ! すげえ再現度!」

「もう本物じゃないのか?」

 ボイスはキャラクターごとに声優が当ててくれる。

「私たちも行くぞ、チャーム!」

「はいはい。急かさんといてよ、ブライト」

 ユニゾンブライト(恋姫)とユニゾンチャーム(菜々留)も出揃い、華やかなステージとなった。純白のスクール水着が凛然と映えるのだから、不思議だ。

 SHINYバージョンとして一期の主題歌を披露すると、ファンの手拍子も弾む。

「最高っ! めちゃ可愛い!」

「オレも今日からSHINYのファンになっちゃうよ!」

 ユニゾンジュエル(美玖)とジュエル担当の声優が手を取りあう場面もあった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る