第134話

 それだけに、美玖の顔つきも真剣みを帯びていた。

「そろそろ出発しようか。美玖も今日はSHINYのメンバーとして、頼むぞー」

「え、ええ……善処はするわ」

 『僕』たちはシャイニー号に乗り、イベント会場までひとっ飛び。

 会場ではスタッフがてきぱきと準備を進めていた。マーベラスプロのスタッフではないため、『僕』のことは人間の男性と認識しているはず。

「おはようございます! 本日はよろしくお願いしまーす」

「おっ、SHINYさん? こちらこそ」

 挨拶を交わしつつ、プロデューサーの『僕』は本日の段取りを確認する。

「そっちじゃないってば、美玖。ねえ、美玖~?」

「……え? あっ、ごめんなさい」

 さしもの美玖も大好きなアニメの企画とあっては、落ち着かない様子だった。等身大のポップや販促用のポスターに目移りしてばかりいる。

 そんな妹に菜々留がやんわりと言い聞かせた。

「写真くらいなら、あとで撮らせてもらえるんじゃないかしら? 美玖ちゃん。ナナルがPくんにお願いしてあげる」

「そ、そうよね? お仕事が終わったら……ちょっとだけ」

 スタッフも美玖の参加を快く歓迎してくれる。

「なるほど、キュートちゃんの代わりにマネージャーの美玖ちゃんを……。こっちは問題ありませんので、お任せします」

「はい。じゃあユニゾンジュエルのコスプレは美玖に、ということで」

 『僕』はメンバーを連れ、SHINY用の控え室へ。

 ところが、里緒奈が途中で足を止める。

「ごめん美玖、先に行ってて? リオナたち、シャイニー号に忘れ物しちゃったから」

「え? 忘れ物なら兄さんに……」

「えっと、ほら……替えのパンツ! Pクンには任せられないでしょ?」

 しかも里緒奈は菜々留と恋姫の手を引いた。

「早く行こっ。Pクンも」

「う、うん。じゃあ悪いけど、控え室で待っててよ、美玖」

 妙な強引さに首を傾げつつ、『僕』も同行する。『僕』がいないことには、シャイニー号を呼べないからだ。

 馬鹿馬鹿しそうに恋姫が肩を竦める。

「替えのパンツなら今朝、鞄に入れたでしょう? どういうつもりなの、里緒奈」

「えっへっへ~。それは当然……いーい? 静かにね」

 里緒奈は意地悪な笑みを浮かべると、すぐにUターンした。

 忍び足で控え室まで赴き、そろっと扉を開ける。

(……?)

 里緒奈に続いて『僕』と菜々留、恋姫も中を覗き込んだ。

 妹の美玖は姿見の前で、ユニゾンカラットとユニゾンジュエルの衣装を比べたり、それを交互に身体に重ねてみたり。

「ミクがジュエルかあ……でもカラットの衣装も、ふふっ」

 嬉しそうに頬を染め、秘密のファッションショーに耽っている。

 しかし『僕』たちとバチッと目を合わせるや、石のように固まってしまった。

「……………あ」

 『僕』たちは大きく息を吸って、声を揃える。

「か~わ~い~い~っ!」

「ちちっち、ちが! 違うんだってば!」

 あのクールな妹が赤面した。


 三十分ほど経って、会場のステージに全員が集まる。

 SHINYのメンバーは純白のスクール水着をベースにして、魅惑の美少女戦士に変身を遂げていた。白い生地が薄く伸び、彼女たちのボディラインを引き締める。

「さ、さすがにこれは恥ずかしいんだけど……」

「この色だものね。恋姫ちゃん、後ろとか透けたりしてない?」

「濡らさなければ、まあ……そ、そうじゃないと困ります」

 里緒奈のみならず、菜々留や恋姫も自ら胸を抱え、スクール水着のデルタを隠したがっていた。その恥じらう仕草が、かえって蠱惑的な魅力に拍車を掛ける。

 妹の美玖も抵抗は強いようで、後ろに引っ込んでいた。

「や、やっぱりミクが自分で着るのは……ユニゾンジュエルに申し訳ない気がするわ」

「そんなことないわよ。とってもよく似合ってるわ、美玖ちゃん」

 ボリュームたっぷりの巨乳も、曲線のついたお尻も、純白のスクール水着を中から圧迫している。艶やかなフトモモも眩しい。

(アンチムラムラフィールドを切らないとなあ)

 こんな恰好のアイドルたちをファンに披露することに、罪悪感さえ覚えた。

「……あれ? Pクンも?」

「まあね。僕はオマケみたいなものだけど」

 一方で、プロデューサーの『僕』も人間の姿で装いを新たにしている。劇場版に登場する、魔導士の男性キャラクターだ。

 そんな『僕』を見詰め、美少女戦士たちは瞳を輝かせる。

「うんうん! Pクンも決まってるぅ!」

「案外、裏方より舞台のほうが向いてるんじゃないかしら?」

「これがP君……初対面だと騙されそうですね」

 だからといって『僕』は得意になれるはずもなかった。

 人間の時の容貌が今ひとつぱっとしないことは、わかっている。やはり超絶イケメンのぬいぐるみでありたい。

「ありがとう、みんな。お世辞でも嬉しいよ」

「もぉー。お世辞じゃないってば」

 『僕』が里緒奈たちと衣装を確認する間も、美玖は近づいてこなかった。

「美玖? 衣装は問題ない?」

「う、うん。少し胸が……な、なんでもないから」

 やがてステージの準備も万端に仕上がる。

「シャイP、できました。どうぞー」

「ありがとうございます。それじゃ、みんなで一期の主題歌、歌おっか」

 『僕』の指示を受け、SHINYのメンバーが舞台に立った。

 妹の美玖も割り切ったように背筋を伸ばす。

(スタッフはキュートがいないこと、気にしてないみたいだなあ……)

 ひょっとしたら、すでに世間はキュートの正体に気付いているのではないか。

 仮面のアイドルはマネージャーの美玖――だからキュートの代打として美玖が立つことに、誰も異論を挟まないのかもしれない。

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